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人につられず我が道を行け

2020-12-21
信号機は「サイン」に過ぎない
「赤」ならば必ず車が来ないとは限らず
自らの目と耳だけが信じられる

妻の運転で助手席に乗っていて、信号待ちで停止した。左横の車がまだ信号機が「赤」であるにも関わらず発進し、前方の交差点を突っ切った。右側から1台の車が、交差点をクラクションを鳴らしながら進入した。かろうじて僕らの左横から信号無視をして進入した車がすり抜けた後であったゆえ、衝突は避けられた。ここまで、やや冷やっとする光景を眼前で見たという内容である。だが怖かったのは、左横の車に追従して妻が発進しようとしたことである。すぐに気がついて停止したゆえ、僕が前述の光景を見るだけで止まった。しかし、もしそのまま前進しているとタイミング的にはかなり危険であっただろう。

歩行者として横断歩道を渡る際などにも良く見る光景だが(特に待機時にスマホなどを見ている人は)、自ら信号を確かめずましてや左右から車が来るや否やを自らの眼で確かめていない。誰かが歩み出せば、それにつられて「命」を交差点の危険に曝す。嘗てサッカー日本代表を務めたフランス出身のトルシエ氏は、「日本人は信号にだけ従うが、自らの判断で交差点を渡ることはしない」と日本選手の自己判断力の無さを批判した言葉が思い返される。公的な信号機の「色」は、それほどに信用できるものなのであろうか。肝心なのは信号の「色」なのではなく、自らが安全に交差点を渡り切れるか否かの判断力である。世情として「公的」なものの信頼が失墜する現在、何事においても「自らの眼」こそが、唯一自らの護る砦であること肝に命じたいものである。

日本人の横並び思考
みんなが行けばついてゆく?
身を護るためには自己判断力が不可欠である。


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