予定調和な『ごんぎつね』の話し合いのこと
2020-11-27
授業者が持つ「正解」のような結論に誘導する気持ちや心情は二項対立では語れない多面性がある
着地点を求めるのではなくそこから創り出すということ
今週の水曜日に共同研究の一環として、附属小学校で「ごんぎつね」の研究授業が行われた。言わずとしれた小学校4年生の定番教材であり、これまでにも多くの授業実践の蓄積が成されている。また学部の教育実習生が扱う機会も多く、僕自身も教科教育科目を担当している際は、よく学生とともに学習指導案の検討などをする機会も多かった。ある時、ゼミで「ごんぎつね」の「自由読み」という機会を持ったことがある。その際にゼミ生とこれでもかと多様な読みを探った結果、僕自身は「ごんは死んでいないのではないか?」という思いに強く至った。物語の最後の場面で「火縄銃」で「いたずら狐」として「兵十(ひょうじゅう)」に撃たれてしまう「ごん」だが、「火縄銃をパタリと落とした」とする「兵十」が「ごん」に駆け寄り語りかけると目を閉じて頷く「ごん」が語られている。「火縄銃の口からは青い煙」が立ち上っているとの語りもあるが、これだけで「死んでしまった」と言い切るのは思い込みに過ぎないのではないかと思ったのである。
これを考え始めてから「ごんぎつね」の読みが膠着せず実に多様になった。その後の経過で「ごん」は死んでしまったとしても、手当などの期間があり「兵十」は償いの言葉や行為を繰り返すのではないか?物語は終幕を迎えたことで、「兵十の償い物語」が始動するのに他ならない。それが冒頭にある「村の茂兵というじいさん」から伝え聞かされた「ごんの鎮魂物語」として伝承している語りに回帰していくことで初めてこの物語の語り構造が暴けたことになるのではないかということである。ゆえに「ごんは撃たれて死んだ」ことや、その時に「兵十は悲しかった」ことを既定路線として授業を構成するのは読みの多様性に反するものではないかと考えている。講演やシンポジウムもそうであるが、「結論ありき」でそこに「持っていく」ためのやりとりを重ねていく「予定調和」が果たして何を生み出すのかと痛切に思う。「結論ありき」に慣れてしまった国民は、その路線の政治的な見世物を見せられても疑問を持つことすらなくなってしまう。「国語」では決してそんな陳腐で軽薄な思考力を育てているわけではない。いつでも「正解」や「着地点」は見えないままに探るのが、学習のダイナミックな面白さではないのだろうか。
何かがその場で初めて生み出されてこその対話
「結論ありき」の「国語」の問いにワクワク感はなし
既存の価値を超えていくことで僕たちはこの時代を生き抜こうとしている。
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