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本当に車がなければならないのか

2020-11-04
「宮崎では車がないと生活できない」
さて?果たして本当にそうなのだろうか
我々の身体と近代化文明との関係として

宮崎に赴任する際に多くの人から「車がないと生活できない」と教えられた。公募採用が決まる前から「地方に赴任したら車で通勤する」イメージは抱いていた。とりわけいずこも地方国立大学というのは、郊外に立地し研究学会などの開催には不便で市内の公共施設を使用することも少なくない。たぶんに洩れず勤務校で学会大会を主催した際は、空港や駅からバス便も便利な市の公共施設で開催した。だが考えてみるに、前提として郊外キャンパスでは全国学会は開けない、という自虐的思い込みに由来するのかもしれない。最寄駅から徒歩20分以上、電車ダイヤの本数はほぼ1時間に1本、市内とのバスもほぼ同様で所要時間は40分以上は要する。(電車なら15分から20分)それでもなお野球キャンプの時節になると、多くのファンは電車を利用して球場に足を運ぶ者も少なくない。過去の僕自身もその一人であったから。

僕の場合は勤務先まで徒歩で十分に楽な距離であるが、同僚の中には市内中心部に居住しバス等を利用して通勤する者もいる。教育実習視察の際などは、県内各地の実習校へバス等を乗り継いで行くのだと聞く。実行しようとする気があれば、できない相談ではないのではないかと思う。僕も市内中心部へ歌会などに出向く際は懇親会もあることから、よく電車を利用していた。帰宅は最終ナイトバス。自宅到着は午前様となるのだが、できない相談ではなかった。それでも最近は往復を優しい妻に、車で送迎してもらっている。また近場で馴染みになった飲食店などは、やはり徒歩では難儀な距離にある。特に父母を連れて行く際は、車はやはり必須といえようか。大学キャンパスとともに造成された居住地では、高齢の方々のみで住んでいる場合、次第に市内のマンションなどに引っ越すという話もよく聞く。また実用性のみならず、妻の実家をはじめとして県内の名所に遊びに行く際の足としても車は重要だ。自然と親和的に生きるために、CO2を排出する文明の利器を使用する矛盾を常に孕んだ生活といえようか。

基本的に「歩くこと」を忘れてはならぬ
それなりの対価を払う自家用車を考えてみる
そして何より安全性を何より最優先に考えるべきだろう。


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