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こころの地産地消に向けて

2020-07-12
「ジモ・ミヤ・ラブ」
「愛する宮崎」を実行するためには
農畜産漁業産品に限らず地産地消のこころ

新型コロナウイルスの感染拡大は社会の水位を下げ、見えていない海底が露出してしまったところがあると繰り返し書いて来た。昨日の小欄に記した対応策の矛盾は、現状のこの国の政のあり方の海底部分が覗いて見えたのだと思う。研究者(専門家)は早々に対策を採るべきと提言しつつ、政治・経済の「ご都合」で既定路線の政策決定がされる。東京都で感染者が過去最高になれば、国は「東京都の責任」であると言わんばかりに自治体の自己責任にする傾向にある。東京都という自治体も首長が特殊で、「幕府直轄」の印籠が与えられていると勘違いしている。首都圏の東京周辺の自治体首長が東京に対して閉鎖的な発言をするのは、このせいではないかと思う。「首都圏」という同質の地域で運命共同体にも関わらず、東京都のやり方の犠牲になるのは御免だ、という気持ちがあるのだろう。果たして「地元」「地域」とは何だろうか?と考えさせられる茶番劇のような様相にさえ思えてしまう。

生まれ育った街に愛着があり、望郷の念を抱くのは人としての必然であろう。僕も例外なく「故郷・東京」を愛している。だが人と土地と文化として愛せても、そこに展開される政治・経済には甚だ嫌悪感ばかりが先立つ。既に首長選挙の投票権もない。住んでいる地元を真に愛せるのは「政治・経済」ではあるまい。その社会的な枠外の自然・その一部としての人々・産品なのだと、宮崎に住んで実感している。スーパーを利用するのも大手ではなく、地元生協系を選べば自ずと地産地消に貢献できる。特にJA系の店舗では、肉も魚も野菜(地元農家の持ち込みもある)もほぼ地元産品を選べる。さらには豆腐とか麺類とかも、地元の宮崎にある会社のものを選ぶ。歌人の知人が「黒霧(焼酎)」をいたく気に入ったらしく、関東圏でもスタンダードになって欲しいと言うが、あまり全国展開しすぎて味が変わって欲しくもない。その他の業者の人々も、宮崎で特に地元の青島出身などと聞くと深い愛着が湧く。もはや江戸時代の藩ではないが、其処に住むのも「自己責任」だと「幕府」が言うなら、自ら最適な居住地を主体的に選ぶべきではないのか。江戸時代との大きな違いは、自らの意志で其処を選べることだ。

宮崎は宮崎の「地方創生」を考えよと言うなら
人間が真に豊かに暮らせる道に貢献せねばと思う
短歌に人生が見える「みやざき」を創ろう。


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