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「ちがうもん!チンパンくんだもん」怒らんでね

2020-07-09
絵本を見ている幼い子どもたちの会話として
A:「(これは)オサルサン?」
B:「ちがうもん!チンパンくんだもん!」と言い返す

鶴見俊輔『文章心得帖』(ちくま学芸文庫)を読むと、冒頭に記したような幼い子どもたちの会話を例として、我々の会話表現の中に潜む醜さが指摘されていた。研究者(専門家)であればあるほど、微細な差異にこだわるあまり相手との会話を台無しにしてしまっている例である。Aの子どもの方がBよりも幼いという想定だが、概ね「類人猿」という意味で「オサルサン?」という発言は「誤り」ではないはずである。だが、Aの子どもより少しだけ知識のあるBの子どもは、その僅かな知識をひけらかして「(類人猿の中でも特定され)チンパンジーなんだ!」と聊かの怒りを持って反応している。発達著しい幼少期は特に、僅かな知識があるのを相手の現状をわきまえずにぶつけてしまうことが一般的だ。具体例として、まさに秀逸な「文章心得」であった。

我々は前述した「Bの子ども」を笑えない、否、笑ってはなるまい。日常会話の中で同様の会話を台無しにする発言を、してしまっていることが少なくないからだ。研究者(専門家)として「相手より知識がある」ことは当然でありながら、僅かに知っていることを「笠に着て」相手を否定したりしている。例えば、野球の始球式で経験のない人が捕手まで投球が届くだけで秀逸なのに、「このコースのストライク(でなければならない)」などと腹を立てているに等しい行為に思える。これは何も研究者に限ったことではないが、専門分野ならまだしも聞き齧った知識を「知っている顔」をして言い散らすほど醜いものはない。自戒を込めて敢えて記すならば、よく妻が会話の中で「怒って言わないで」と反応することがある。それは僕が「ちがうもん!チンパンくんだもん!」と醜さを露呈しているはずなのだ。愛する妻の投げる球なら、どんなコースでも捕球できるのが「プロの捕手」ではないのだろうか。

真に「知っている人」は他者に誇示しない
「笠に着て」=「他人の権勢をたのんで威張る」と辞書にある
「よくわかったね!オサルサンだよね!」


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