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祈りは心をみつめることー祖母の教え

2020-07-06
「南無大師遍照金剛」と3回唱えよ
きっと苦しい時は救われ道は開ける
祖母がよく教えてくれたこと・・・

梅雨前線の停滞で九州では大雨が続き、特に熊本の人吉地区では甚大な被害の報道もあり隣県に住む者として心を痛めている。命を落とされた方々のご冥福を祈るとともに、明日は我が身ではないかと気を引き締める日々でもある。現に3日(金)の深夜には自宅前の道路にかなり水が出始め、車を庭側へと上げて警戒をした。短時間に大量の降水となると、高台とはいえ排水機能が追いつかないようだ。そんな意味では、宅地造成時点では想定外な雨が今降っていることになる。天候について人間は、何も策を施すことはできない。ただひたすらに、「祈る」ことぐらいしかできない無力なものである。しかし、「祈り」を「無力」と言っていいだろうか?「祈り」は心の立ち位置を遍く見つめ、現状の心の有り様を照らし出す客観視の効果が大きいはずだ。

これまでの人生において、何度か「不思議な力」に救われたことがある。大学学部受験当日の異様な集中力、現職教員として臨んだ大学院入試の落ち着き、学位に向けた研究発表での律動ある口調。また初任校で校外視察の最中に、横断歩道で右折車のタイヤが僕の足に接するほどで停止したのは、明らかに誰かに助けられたかのような思いがした。こうした節目での集中度や大惨事の回避のみならず、窮地になると母方の祖母の顔が思い浮かぶのである。祖母は弘法大師を深く信仰し「南無大師遍照金剛」と唱えれば、必ず救われ道は開けると僕らに教えてくれた。僕自身が「初大師」の日付に産まれたということもあり、母も幼少の頃からその心を引き継いで教えを説いてくれた。弘法大師=空海は、何より平安時代の漢籍文化伝来者としての功績が研究の上でも価値の高い人物である。今ここの自らの心のあり様を見つめ、邪念なく広い視野で前に進むためにも、「祈り」が必要であることを祖母は教えてくれる。

今朝も激しい雨音に心を澄まして祈る
新型コロナの早期終息も祈るしかない
あらためて祖母の言葉を噛み締める今日この頃である。


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