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「形なし」にあらず「型やぶり」

2020-06-18
「型」日本文化のあり方として
江戸から明治にかけてを生きた九代目團十郎
「活歴」から原点の「型」へ回帰して復活

水曜日は定例教授会も月に2回はあるが、夜に定例で観るテレビ番組がある。NHKBSプレミアム放送の『刑事コロンボ』(21時〜)とその前の『選択』(20時〜)である。昨夜、後者の番組で取り上げられた九代目市川團十郎のお話。まさに活躍中の市川海老蔵(十一代目)が「十三代目團十郎」を襲名しようという現在、この名跡の九代目が江戸から明治という大変革の時代をいかに生きたかがよくわかり興味深かった。西洋化が何よりも崇拝された明治初期の日本、歌舞伎は江戸時代に培ってきた「伝統」から新たな文化の中でいかに生きていくかを迫られたと云う。一方で「オッペケペ節」で人気を博した川上音二郎などが日清戦争の明治20年代に出現し、世相を取り込んだ新しい時代の芝居で一世を風靡した。九代目團十郎は新たな歌舞伎である「活歴」を主張したがなかなか民衆の心は掴めず、苦悩の舞台を続けることになったのだと番組は伝えていた。

そんな苦難の折、九代目團十郎が目覚めたのは「型」であったと云う。明治後半になると江戸文化へ懐古する風潮も相まって、元来からの歌舞伎の演目こそ民衆が求めるものとなった。その際にコメンテーターの児玉竜一氏が語っていたのが「『形なし』ではなく(型があっての)『型やぶり』なのだ」と云うこと。元来が漢字の意味としても「形」は「目に見える姿」であり、「型」は「かたちのもとになるもの。タイプ。モデル。」の意味である。武道をはじめとする諸道においても、何より「型」は重要だ。もちろん僕がピンときたのは、短歌こそ「型の文学」であるということ。「伝統」は新たな要素を求めて模索することが継承の上では必須であろうが、その上で「型」を重視することの大切さが歌舞伎の継承の上で描かれており大変に勉強になった。同時に「明治」という西洋化への知的欲求が高かった時代への興味がさらに掻き立てられた。もちろんそれが「国」という「形」になり、負の盲信へと猛進してしまう大正・昭和の時代へと連なる。だが、この明治の文化的な背景を、現在も僕たちは多様な面で継承していることを忘れてはならないだろう。

久しぶりに歌舞伎が観たくなった
十三代目市川團十郎の襲名も楽しみに
「古典」を考える上でも「明治」の研究は欠かせない。


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