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忘れがたきふるさとの街

2020-06-13
家の前はCOOPのスーパー
隣は化粧品店もあり商店街に連なる
芥川龍之介も住んでいた街

「天気の子」というアニメ映画の舞台モデルとされた場が、僕のふるさとの街であると知った。未だ映画を観にいく機会には恵まれていないが、何処がどのように描かれているか?たぶん居住したことがある人でないとわからない面白さがありそうだ。ふるさとの街は山手線の最寄駅があるのだが、全駅の中で最も「都会的ではない」雰囲気を漂わせていた。子どもの頃から僕らは「表口」(現在の駅表示では北口)「裏口」(南口)と呼んでいたが、「表」であっても駅前に店は和菓子屋が1軒あるだけで、そこも街の人は入店したこともないような店であった。貨物操車場のある駅前に当時は「国鉄病院」の敷地が連なるだけであった。今回の映画舞台になったのは、この「表口」ではなく、山手線の駅とは思えないような「裏口」であると云う。

芥川龍之介・菊池寛・室生犀星・萩原朔太郎など名だたる作家などが嘗ては居住していた。東大や上野の芸大などへは歩いて行くことも可能で、文学・芸術関係の人々のベッドタウンとなった訳である。芥川邸は前述した「裏口」から出た高台にあり、小学校の頃の自由研究で何度もその敷地に訪れたことがある。現在は敷地が三分割されて所有されているが、その三分の二ほどを区が買い上げて「芥川記念館」を建設する計画があるとも聞いた。また実家に一番近いところに住む文人は、歌人の太田水穂。若山牧水が上京したのちに、先輩歌人として幾度となく邸宅に通ったとされる。牧水の妻となる喜志子さんは、同郷(信州)である縁で太田邸に身を寄せていたと云う。このような街の「昭和」を僕は生きてきた。周囲に住んでいた人々、商店街のあの人この人、今はどうしているのだろうか?大人になって商店街は無謀な計画の区画整理で意味のない道路で分断され「表口」にもお店は増えた。だがあの頃と変わらないのはたぶん「裏口」であろう。いずれ「芥川記念館」が落成したら、きっとふるさとの街に僕は足を運ぶことになるだろう。

姪っ子がやって来て実家の話題に
家族の記憶を寄せ集めてみる
「僕の昭和」をことばにして保存したくなった。


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