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わたしには歌があるー師そして文芸・学問

2020-05-23
どんなに苦しくも
いくつになったとしても
わたしには歌がある、そして文芸・学問がある

「わたしには歌がある」という思いで、今週は「紺碧の空」が朝の連続テレビ小説で再燃し、YouTubeなどで何度も聞いている日々となった。先日、宮崎で師と尊敬する母校を同じくする先生と仕事でお会いする機会があったが、やはり普段はあまり観ていなかったが今週は連続テレビ小説を観ていると仰っていた。「紺碧」は昭和6年にできた(まさにドラマの場面)わけで、それ以降の卒業生であれば胸高鳴る歌である。宮崎にいても先生と世代を超えて「紺碧」で共感できたことで、やはり母校のありがたさを感じた。先生とともに「短歌」を文芸として学問としてこの宮崎で追究できていることそのものも、「紺碧の空」の「輪」の中にあるのだ。「青春の時、望む栄光」と二番冒頭の歌詞、この曲を聞くだけで青春に文芸や学問を追い求めた時が蘇るのだ。

3月頃から大学における新型コロナ対応で、正直かなり辛く苦しい思いが続いてきた。この年にこの役職であることを怨むにも恨めず、心が折れそうになることも妻に支えられてなんとか乗り越えてきた。今にしてあの3月4月当初ごろに「紺碧の空」を聞いたり歌ったりしたら、もっと心が強くなれたかもしれないなどと聊かの後悔をしている。「家にいよう」の方策を遵守してきたことで、心までやや閉鎖的になり自分の確固たる人生の糧を思い出せなかった悔恨である。だが今となってであるが「紺碧」に出会い直すことができ、もう決して心が折れることはないと思う。そして何よりも自分がいま研究者として大学教員であるのは、母校で学んだ礎により「文芸・学問」の道を邁進するためであることを再考した。宮崎での邂逅は大学とのそればかりではなく、母校で短歌を学んで来た著名な歌人の方々との出逢いでもあった。「紺碧の空」は野球の応援歌のみならず、卒業生が自分なりの道を「理想の王座」目指して進むための応援歌なのである。

生きる誇りまでもが蘇った
和歌短歌をとことん追究しつづけること
宮崎の「紺碧の空」は誠に美しい!!!


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