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遅けれど進め自転車ー倒れぬための一漕ぎ

2020-05-22
自力で如何様にもなる自転車
自らの身体をエンジンとして
倒れぬためには進みつづけること

新型コロナ対策のため都会では、公共交通機関を使用せず自転車で通勤する人が増えていると云う記事を読んだ。地下鉄・都バスを含めて公共交通は網の目のような東京では、不要にこれらを利用してしまうことも少なくない。だが中高教員だった頃の僕は、長きにわたり自転車で通勤していた。数日前の小欄にも書いたが、教員と大学院生の二足の草鞋を履くために、敢えて意図的に自転車を選択して公共交通機関以上の個人的な利便性を確保していたのも事実である。何よりガソリン・電気などのエネルギーを浪費することもなくecoであるとともに、自らの身体を活性化する利点がある。雨の際は余計に時間を要するので、天候には敏感になるというのも利点に加えられようか。また、教員として通勤に自動車を利用すると「遅刻する生徒の気持ちが理解できない」という考え方があって、自転車や徒歩だと平等な立場(雨などの悪条件が実感でき生徒の立場がわかる)となる効果もあった。

だが様々な利点の中でも、自らの向上心を昂揚させる面こそ僕にとっては大きかったのではないかと振り返る。15段変速のマウンテインバイクを愛用していたが、坂道の多い都内を自転車で走るのは容易ではない。また常に交通事故の危険とも、隣り合わせである。集中して注意深く焦らずルールを守り、堅実に忍耐強く漕ぎつづける必要があるのだ。当然ながら信号機で停止することもあるが、なるべく避けられるように速度を調整する(事前から速度を落とし青信号のタイミングを計る)などという習慣が身につく。完全に静止すれば倒れる、ゆえに遅けれど動きつづける。そのために微妙な「一漕ぎ」が有効なことがある。大きな漕ぐ力のみならず、この微細な漕ぐ力にも筋力がかなり必要になる。どんなに苦しくても、どんなに晴れる見通しが薄くとも、ともかく漕ぎつづけること。いつしか、自転車を愛用して得られた人生哲学のように僕の中に根付いたのである。

朝の連続テレビ小説「エール」
果たして「紺碧の空」は早慶戦前夜にして作曲されるのか?
筋力も脳力も動かしつづけてこそ、前向きに生きるということだ。


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