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「科学的失敗」とは?岩田健太郎『感染症は実在しない』を読む

2020-05-07
認知・評価・吟味・改善に失敗
「未来の成功に資することのない」
「非科学的な議論においては結論だけが一貫性を保つ」

岩田健太郎著『感染症は実在しない』(2020年4月新版・集英社インターナショナル)を読了。感染症に限らず病気の本質とは何か?という命題に、「実在物ではなく、構造構成主義的に認識される現象」と云う立場から一貫して答えた一冊である。僕が購入したのは「新版(本年出版)」であるが、従来は2009年の「新型インフルエンザ」流行の折に記された著作である。「感染症も、生活習慣病も、ガンも存在しない」と言い放つその考え方はいかなるものか?この発想でこそ、現代における病との向き合い方やこの国の医療の問題点などが浮き彫りにされる。あらためて2003年のSARS以来、「新型インフルエンザ」を経て今年に至るまで、その本質を捉える考え方への転換はもとより、この国の感染症対策の改善なき旧態依然な対応があからさまに知られて興味深かった。

小欄冒頭は岩田氏が今回の新装版において記した「あとがき」で、「コロナウイルスが示した『失敗の構造』」において大変に気になった要点である。「結論だけが一貫性を保つ」と云う「ありき」主義の我が国、だが英国は「失敗を認知」し方策を転換した。ゆえに「科学的な一貫性=プリンシプル(原則)の一貫性」があったと岩田氏は指摘する。もとより「研究活動」とは、「既存の世界観の外側」を求め「既存の概念」を壊し、「未知の領域に新たな概念」を創造することを望むことだと云う。「既存のもの」を論証せんがために、データやものの見方が偏り歪曲され「都合のよい」結論がさもありなんと提唱される。僕ら人文学を専攻とする研究者においても、こうした姿勢には十分に注意しなければなるまい。特に学生を前にした時に「失敗を認知」できないことは、様々な教育的弊害を誘発しかねない。「誤謬を認めてプランBに方針転換」できることこそ、研究者そして「専門家」として真っ当であるのだと、あらためて考えさせられた。

「対話」とは「自分が変わる覚悟」があること
学生を自説に従わせる研究者の愚かさ
「新型コロナ対応」に感じるもどかしさの一因がわかる好著である。


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