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「自分は間違っていない」という間違い

2020-04-20
「考え続ける」ということ
「事実を直視し逃げないことが勇気」
(岩田健太郎『新型コロナウイルスの真実』2020ベスト新書より)

前掲書の「あとがき」には、緊急出版ゆえに根拠を十分に示さずこの後に訂正せざるを得ないことも多いことをお許し願いたい、という趣旨のことが明言されていた。医師に限らず研究者が書いた書物には、「自分は間違っていない」という姿勢が前面に出たものも少なくない。政治家なども特によくテレビに出演する輩は、「自分の考えこそ間違いはない」という醜い姿勢を自己顕示欲旺盛に語っていたりする。新型コロナに関する知識のみならず、医師・研究者として、敷衍して組織内の人として、いかに行動すべきか?という日本社会が抱える大きな問題に示唆を与えてくれる同書の内容に好感が持てた。「人はいつでも間違う」ことを前提に、「寛容」であることの重要性も説いている。「病院診療の待ち時間が長い」と言う人は、「(自らが)他の人の待ち時間の一部になっている」ことを知るべきとある。

考えてみれば「間違い」を認めない輩の言動が、社会を歪め公正を破壊し安全な未来を脅かすのである。昨日の朝のTV番組で関口宏が語っていたのは「(新型コロナ禍によって)社会の水面が下がって今まで見えていないものが見え始めた」と云うこと。誠に至言で政治社会のみならず、自らの身近な組織や人々にも及んで同じことが言えそうである。考えるに「自分は間違っていない」という姿勢がこの日本社会で顕在化してしまうのは、やはり「教育」の問題が大きいように思う。大学の新入生を見ていると少なくとも高等学校までは、「正解」だけを求める学習が強いられており「間違い」に寛容ではなく、体裁上で「間違う」ことそのものを嫌う。ゆえに思考停止となり「考え続ける」ことをしない。音読でも漢字を「間違う」ことや、発声がつかえたりすることへの怖れだけを身につけてしまい、人前で語るための練習にはまずならない。周囲が個人の「間違いをあげつらう」姿勢こそが「いじめ」を生み出し、何ら建設的ではない不健全な環境を自らの周囲に作り上げてしまう。そんな日本の教育が創り出した「間違いへの不寛容」が、まさにいま表面化しているのではないか。

繰り返すが「教師も間違う」
ともに「考え続ける」ことが求められる
軌道修正なき施策は、硬くて折れやすい柱の如し。


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