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口蹄疫の思いを今に

2020-04-11
「不安なる今日の始まりミキサーの中ずたずたの人參廻(元旧字)る」
塚本邦雄『装飾楽句』
不安はいつも残酷へと通ず

宮崎では、口蹄疫の家畜感染に見舞われてから10年が経過した。昨夜、NHK地元局アーカイブス(保管放送資料)からドキュメンタリーが2本放映された。僕自身は当時まだ東京在住であったが、宮崎に来て出逢った多くの人々からその苦労のほどが痛いほどわかる話を数多く聞いた。口蹄疫感染拡大防止のため、農家の人々がこの上ない愛情を注いで家族のように育てていた牛たちがワクチンを接種され殺され埋められていく。対応する獣医師たちも、苦悩この上なき心で仕事を遂行せざるを得ない。映像では農家のご主人が殺処分をする人々に、「痛くないようにやってあげてください」という言葉を投げかけており、そのあまりの悲痛さに涙なくしては観られなかった。僕も一人の人間として「やむを得ず」とは思いつつも、感染拡大にあたり数万等の家畜の命を奪わなければならない人間の傲慢とは何かと、切に考えさせられた。せめてこの宮崎では、この悲痛な土地の経験をこの度の新型コロナ感染拡大に活かさなければ、あの牛や豚たちの命は報われないのではないだろうか。

感染症は僕たちの毎日を「不安なる今日」と化す。「希望の明日」「明日は明るい日」のはずであるが、人間を含むすべての動物の「今日」を不安で充満させる。冒頭の塚本の一首は、朝食のミキサーの中に入れられる「人參」が「ずたずた」にされて「廻る」という誰しもが想像できる明快な描写を用いて、この世の、いや人間の残酷性や傲慢さを炙り出す歌のように思う。動植物すべてを含めた自然の一部である人間、であるはずだが人間だけがその均衡を「ずたずた」にしてしまうかのようにも思えてくる。いま僕らが直面しているのは、これまでに築いてきた人間の高慢があらゆる形で叩かれ、引き裂かれ、撹拌され、足元から瓦解させられ、崩壊を目の当たりにするような事態である。塚本の歌にある「ずたずた」というオノマトペ(擬態語)は、これ以上ないほどにその残酷さを僕らの心に響かせる。10年前の宮崎での家畜たちの鎮魂のためにも、いま僕たちは心して行動して残酷な結末を何とか回避するしかあるまい。

今も窓から風が舞い込む
宮崎の大地となって僕らに語りかける牛たち・豚たち
人間!お前はいったいなにをしているのだ!


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