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ひとときの珈琲牛乳

2020-03-13
せめて温泉で身体を
日常の中に安らぎを
湯上がりの珈琲牛乳

「本当にいい時に引っ越して来たなあ」と、車の中で父がしみじみと言った。新型コロナの影響で両親はあまり外にも出られずいるゆえ、せめてと思って近所の温泉まで一緒に行くことにした。常連となっている公共温泉は先週から休館と知り、海沿いにある私営の新しい温泉に急遽行く先を変えた。その道すがら、昨年の秋に越して来たことを両親ともにしみじみと振り返る話になった。この世情にあって両親が遠く離れて東京のマンションに住んでいることを想像するだけで、昨年の早期の決断に深い意味があったことを噛み締めた。雑踏の人ごみもなく海や山からの自然な空気が美味しいこの宮崎で、両親とともに過ごす時間は誠に幸せなことだと思う。

この私営の温泉に、父は普段から自転車で小1時間もかけて来ているらしい。受付スタッフに「今日は夜ですか」と、声をかけられたと云う。その温泉に父は好感をもっているらしく、湯船に入っても他では話さないようなことを無口な父は僕にあれこれと話した。今こうして宮崎でこのような生活をしているのは、あくまで7年前の大学公募採用における偶然である。だがその環境が両親の会社引退後の生活に格好の場であるとは、夢にも思わなかった。湯上がりの待合室で先に上がった父が待っていたが、僕は思わず「珈琲牛乳を飲まない?」と尋ねた。僕が幼少の頃にこうした場面であれば必ず、父は自分の小銭入れを出して僕と妹に珈琲牛乳かアイスクリームを買ってくれ、自分も美味しそうに食べたであろう。今は僕が父に一瓶の珈琲牛乳を買うべき時ではないか、そんな思いを持つことが掛け替えのない時間なのだと悟ったひとときであった。

過去を紐解き今に返す時間
温泉が身体の血行を循環させてくれる
いつの時代も風呂上りに美味しい珈琲牛乳である。


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