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先の見えない道を歩むとき

2020-03-11
「満月が都会のビルの隙間から
 このおっちょこちょいと 俺を睨んでいる」
(サザンオールスターズ「栄光の男」より)

先日の海に続き、自然の清浄な空気に触れたくて夕食後に自宅周辺を散歩した。「歩く(動く)」ことや「空を見上げる」ことは、短歌の素材や発想を発見する上でも大変に重要である。この日は東の空に、綺麗な満月を見ることができた。だが雲ひとつなきわけではなく、西からの黒い雲に次第に顔を隠してしまった。都会からすれば街灯が遥かに少ない現在の居住地域で夜間に歩くのは、「月明かり」に大いに左右される。足元が十分に見えない夜間歩行は、人間にとって大きな恐怖を抱かざるを得ない。特に東京から移住した直後には、大袈裟ではなく歩くのさえが怖くてお店に食事に行くのを断念したことがある。相対的に考えると都会の方が異常な明るさであり、9年前の3.11以降の都会の暗さでもまったく問題ないと感じていたのだが。

満月の月明かりは頼りになる、だが雲の多寡によって左右される。自然とはあくまで気まぐれ、晴れて欲しい日に晴れるわけではなく、人為は勝手に「雨男・雨女」などと偶然に名をつける。足元も行先も本当は見えないはずなのであるが、人間は勝手に自分たちの力を盲信して過剰な明るさを確保して、先行きが見える社会を構築してきた。それゆえに、今回の新型コロナのような「先の見えないもの」に襲われ、自らが制御できないとわかるとその対応に困惑するのであろう。されば、月明かりもなく今歩む足元が見えない時に、人はどのように生きたらよいか?雲に隠された月は、再び僕たちを照らしてくれるだろうか?そんな疑問と期待を持つつつ夜道を歩き続けてみた。月はあくまで冷静すぎるほどに、落ち着き払っている。その陰なれど腰を据えた強さこそが、いま僕たちが求める姿なのかもしれない。冒頭に記したサザンの歌詞は、人間がこの天体に生きて惑星との重力の関係があることを物語化・擬人化するようで好きな一節である。

闇に免疫なき現代人
先の見えない道をいかに歩むか?
満月は「睨む」こともあれば「笑う」こともあるのだ。


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