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流言に動じない意志と生活

2020-03-02
いかに社会が流動的であっても
動ぜず冷静さを保つ意志と生活があれば
この国の良いところも悪いところも

当時小学生だった僕は、商店街の個人経営総合店「上代(かみしろ)」へ母とともに赴き、トイレットペーパーを2セット左右の手に持って帰宅した記憶がある。昭和48年、長嶋茂雄さんが引退する1年前、オイルショックによる紙不足への不安からこの国の巷の庶民は「買い溜め」に走ったのだった。小学生の記憶ながら確か買い出しは1回きり、2度目はなく特に紙が不足して個室内で苦労した記憶もない。その当時と比較すれば個人のスマホ所有などで、どれだけ情報化社会になったか計り知れないのだが、今回もまた同様の「買い溜め」傾向が生活用品大型量販店や大手の薬局などでも起こっている。昨日、まったく日常の買物のために量販店に行って、その光景を目の当たりにした。またテレビでは、マスク不足で店の前で奪い合い殴り合う客同士の映像が紹介されていた。我々の「時代(歴史)」からの学びは何か?と思ってしまう。

船が沈没しそうな局面に遭遇したとして、各国の乗客を海に飛び込ませる際に船長は何と声掛けをしたらよいか?という有名なジョークがある。米国人には「あなたは英雄です」、英国人には「紳士です」、独国人には「船の規則です」伊国人には「女性にモテます」そして仏国人には「何も言わない」と飛び込む行動を決断すると云うのだ。では日本人はといえば、「みんなが飛び込んでます」と言うのがオチとなる。命を左右する危機的な局面で、「みんな」が採っている判断を根拠にすると云う、日本人の横並び意識への皮肉である。今回はSNS等による個人での情報発信が旺盛な時代となって、流言の伝達・拡散が迅速で「みんな」がどうしているかが、いち早くわかるようになった。紙製品のみならず、水やインスタント食品の在庫も少な目な印象を持った。災害等への対策を考えるならば、水など1週間程度の備蓄は、日常から施しておきたいことだ。決して個々人が、流言に左右される「みんな」になってはいけないのである。多くの人たちが「みんな」と云う意識を持ちながらも、問題なのは個々人の生活が多様化していること。もちろん地域性も多様であり、全国一律に「一丸となって」対応や判断をすれば乗り越えられる実情ではないことを自覚すべきではないか。個々人の判断が理性的であるはずのこの国において、まずは違った考え方の隣人との差異を意識しながら確固たる「自己」失わないことである。

異なる違うことを恐れない
自己の情報の精査を大切に
各国の社会の問題点がウイルスによって炙り出されると云う皮肉。


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