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さらなる身体性の喪失にならぬように

2020-02-24
多人数の集まる場の自粛
Web通信などによる対応なども
対面対話の身体性を反故にしてはならぬ

毎月20日〆切の詠草を出した後、22日に3月の心の花宮崎歌会の中止が会員に告知された。現状の社会的状況を考えれば、早期に妥当な対応であり十二分に納得した。ただ、毎月において習慣化してあるべきものが喪われると、当該の事項の存在価値があまりにも大きいことを痛感する。詠草へ1首出す歌も、歌会でいかに読まれ得票は入るか?など大きな期待を持って〆切前の推敲に苦悶する。同時に50首に近い宮崎歌会の会員の方々の歌が読めるということを、どれほど楽しみにしているかと思う自分を再発見した。月例で歌会があり、多くの会員の方々との交流があることそのものが、歌作りそのものを支えてくれている。僕にとってなんとも貴重な身体的に刻まれた、月毎の生き方なのである。

こうした集会の自粛について、宮崎では2010年の口蹄疫の際の厳しい現実があったことを多くの方々から聞いた。疫病そのものの危険性はもちろん憂慮すべきことであるが、同時に人々の交流や流通が途絶えることによる社会へのダメージは、あまりにも大きいことを知った。このように、話に聞いたことで記すのも申し訳ないほどの悲痛さを覚える。現状の報道もましてや政府も、経済的な減速ばかりを気にしているように見えるが、問題は僕ら個人個人が人々と接する機会を喪うことの、大きな精神的損失が最大の問題ではないかと思われる。その判断を個々に依存している現状も、責任回避社会の悪弊のように思えてならない。あらためて僕たちは、人と人とが生の声で語り合い、表情や動作からその意図を十分に読み取り、暑さ寒さを共有して同じ場所で自らの「生きる」を賭した「ことば」を尊重する機会の重要性を噛みしめるべきなのかもしれない。これはなにも「歌会」だけの問題ではない。

感染症に様々なことを考えさせられる世相
この社会のあり方そのものが問われている
対面による対話という身体性をさらに喪わないために、考えねばなるまい。


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