「掌ほどのたたふる光」日々の希望
2020-01-17
「冬曇ひくくわたれる沖の海に掌ほどのたたふる光」(佐藤佐太郎『しろたへ』より)
じっと掌を見つめたり
暖冬傾向で日本列島周辺にたくさんの低気圧があると、TVで気象予報士が話していた。例年であれば西高東低の冬型の気圧配置となり、すっきりと晴れて遠望も鮮やかな日々が続くはずである。台風の猛威を「地震」そのものとするならば、体感しない「地殻変動」がこの季節を狂わす気圧配置のように思えて危機感が拭えない。時雨というわけでもなく、暖かさを運び来る春先の雨でもない歳時記にない雨が降っている。極度な乾燥は回避されるのであるが、冬の冴え冴えした山並みをやはり期待したい時節、なぜか傘もさす気になれない街角である。
1月も早半分が過ぎ去ったが、今年の正月に南郷で観た朝陽がいたく心に焼きついている。小高い頂から見わたす漁港とその周辺の街、点在する小島が表情豊かに南海の光景を演出している。静かに音もなく巨大な力を潜めて登りくる朝陽、まるで我が家の玄関先に実をつけた南天のような粒が沖の低い位置の雲とも靄ともいえぬあたりから独特の朱を湛えて現れる。その後、栗金団のような靄の上に滲み出るように炎が上がりはじめる。冒頭に記した佐藤佐太郎の歌も、そんな冬の朝陽を「掌ほどのたたふる光」と描写している。遠望は時に「掌」のうちに載るほどに、そこに人は希望を見出すのであろう。
ゼミ新年会
新しい出発・新しい挑戦
雨の中でも雲の向こうで今日もまた陽は昇る。
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