年賀状とSNSのことなど
2019-12-29
SNSなど全盛の世相にあって「郵便」の意味を再考するCMなども
年賀状だけで繋がる人もやはり・・・
ようやく年賀状に着手できるようになった。日本郵便は嘗て「25日までに投函(すれば元日着)」を盛んに喧伝していたように思うが、こちらが目にする時間がないのかあまり言わなくなった印象だ。11月の年賀はがき発売から計画的に進める人もいるのだろうが、どうも年末が早く押し寄せてくるようで例年僕はそれができない。第一、元日に先方に読んでいただくメッセージがそんな早い時期では浮かばない。昨今はSNSのみで新年の挨拶を済ませる人も多くなったようだが、すべての人々がSNSを利用している訳ではない。特にFacebookならまだしも、TwitterやLINEでのメッセージは、あまりにも軽く感じてしまうのは単に年代の問題なのだろうか。クリスマスカードなどなら、LINE上で動画のだいぶ美しいものが(年賀状と天秤にかけると、こちらは今までやっていないのにLINEだとできると軽視している感覚)僕の手元にも届いた。
「リア充」=「リアル(現実の生活)が充実していること」(デジタル大辞泉)という語彙を聞くようになって久しい。ネット上のバーチャルな「架空の世界」と「リアル(現実)生活」を区分し二重な人格があるような思考である。だが時に若者たちは、現実そのままをSNS上に投稿するなどして、次第にその情報の真偽を見失うケースも少なくない。また大学で学んでいる内容などでもまずはスマホ検索して、その情報を鵜呑みにする傾向も否めない。信頼できる情報源か否かの選別も曖昧で非常に危うさを感じることもある。現に最近、報道された誘拐事件などはSNS使用が発端で、小学生などの低年齢化も懸念される。だがSNSを禁止し否定する、「例」の日本の教育では何の対応にもならない。話を年賀状に戻そう。こんな意味で「リアルの砦」として、ご無沙汰してしまっている人には特に意義ある年賀状を送る。今しか送れない写真を載せて、そして手書きのメッセージと宛名書き。これこそが僕自身の「リアル」の証明になるのだと思い込んでいるのだが。
人との繋がりを再考する葉書
明治大正昭和の文学者の書簡・葉書は重要な資料だ
時間も労力も経費もかける理由を探していたりする。
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