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クリスマスだからじゃない

2019-12-25
「何か特別なことをしてあげる
 何か大切なことができるような」
(松任谷由実作詞・桑田佳祐作曲 「Kissin’Christmas」より)

「クリスマスだから言うわけじゃないけど」(前掲の歌詞の一部)と言う否定的な言い回しが、日本のXmas受容のあり方を象徴しているような気がする。『愛と狂瀾のメリークリスマスーなぜ異教徒の祭典が日本化したのか』(堀井憲一郎2017講談社現代新書)に拠れば、「西洋文化の祝祭の容れ物を借り、そこで独自の祭りを展開している。由来もなければ、歴史もない。伝統にもならない。ただ西洋文化を受け入れているポーズだけがある。」と云う同書の結論としての指摘は、明治以降150年間の日本のXmas受容史を考える上で重要なものだ。「降誕祭」などという祝祭の趣旨はまったく加えず、各時代の流行に任せて「西洋化」こそが高級でありセレブであるような感覚をもって、「狂瀾」の歴史を刻んで来たのが日本の近代である。もちろん、そこに資本主義経済が横たわり、特に米国式の利益誘導型な経済優先主義が蔓延していることも自覚すべきであろう。

大学半期15回必須の施策により、Xmasにも講義がある大学暦となった。僕らの時代は12月中旬以降の講義などなく、冬休みも1ヶ月近くあったと記憶する。当時の感覚からすると、現在の学生たちはクリスマスイブでも、実に真面目に講義に出席する。そんな彼らの顔をみて、先日の「まちなか文化堂」の内容を一部紹介しながらのイブ講義を展開してみた。1980年代の「恋人と過ごすXmas」という社会的な気分は、今は蔓延こそしていないが残存していないわけではないようだ。今の学生も達郎の「クリスマスイブ」の曲は好きだし、ユーミンの「恋人がサンタクロース」と言ったお伽話に憧れている学生がいないわけではない。だが、この個別化と分断化が進んだ社会で、新たなXmas観も醸成されつつあるのではないかと思う。Xmasが来ればあと1週間で年の瀬、仕事も生活のギアもこのあたりであらためてチェンジする時季。今年1年を回顧しつつ来年への希望を思い描く時季になる。愛する人と「何か特別な」「何か大切な」ものの共有を強める時間などと考えてもよいかもしれない。美味しい家庭料理とこの季でこそのプレゼント、この素朴な愛の気持ちを常に意識すべく定点観測する日なのではないだろうか。

ツリーの明滅を眺めつつ
サンタの人形がのるケーキをいただく
1年間にあらためて感謝し、来たるべき1年に希望を待つ時を過ごす。


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