ああ「GIANTS」の文字よ
2019-12-20
黒字で黒地の上着に刺繍で施された文字その気づかざる影に蘇る記憶
時代とともに過ごしたあの頃
ある場で向かいに座った方の黒の上着の胸に、黒地の刺繍で施された「GIANTS」の文字を発見してしまった。保護色のようにひっそりと刻まれたようなその文字が、むしろオレンジ色であるよりも鮮烈な印象を僕に与えた。なぜそのように思うのだろう?まさに自らの心象風景がその刺繍の文字に象徴的に表現されているように思ったからだ。僕が生まれ育った街が後楽園球場(現東京ドーム)まで自転車で15分ほどの距離であり、中学生ぐらいの時はよく早朝まだ暗いうちから、外野自由席(当時¥500円)を買って良い席に陣取るために後楽園へとよく向かったものだ。王貞治さんのベーブルースに並ぶ714本、超えた715本目の本塁打が飛び込んでくる(もっとも715本目は右翼ポールに当たったのだが)外野席に居合わせ生で記録に残る本塁打を観られたことは生涯の思い出である。
しかし21世紀が近づく頃から、「GIANTS」の選手編成を始めとする球団の考え方に多くの疑問を抱くようになってしまった。端的にいうと僕の「GIANTS」への深い愛好は、V9終盤期と第1次・第2次長嶋監督時代のみで途絶えてしまったと言ってよい。シーズン中は日々の勝敗によって気分まで左右されていた頃が、今では懐かしい思い出として刻まれているだけである。愛すべき存在を対象に、離反を示すような心の動きが誠に複雑であるのは言うまでもない。しかも現在は、60年間近い伝統のキャンプ地である宮崎に僕は住んでいる。先日も大学が主催する「市民シンポジウムで黒江透修さんの話を聞いた。昭和の往年のV9選手の心意気と当時の球団のあり方が知られて興味深かった。さて、果たして僕の心情が「黒字の刺繍」ではなく「オレンジの刺繍」に変化するのはいつのことであろうか?
このプロ野球享受精神史は社会を映す
プロ野球そのものの魅力やいづこへ
「G・I・A・N・T・S」僕が初めて憶えた英単語の綴りである。
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