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#まちなか文化堂ー「日本の恋歌とX’mas」

2019-12-15
明治以降150年の謎
日本ではなぜクリスマスで大騒ぎをするのか?
「待つ恋」短歌とクリスマスソングと

「国文祭・芸文祭2020みやざき」のプレ企画として、「まちなか文化堂#2」を市内のTUTAYA書店(宮交シティ店)で開催し季節柄「日本の恋歌とX’mas」をテーマに60分間の講義を担当することになった。宮崎が短歌県日本一を目指すために、あれこれ県庁文化振興課の方々と相談していた中から浮上した企画である。どのようになったら「短歌県」なのか?しかも「日本一」になるには?という対話をしているうちに、短歌に興味のなかった多くのまちなかの人々に、短歌に目を向けてもらう仕掛けが必要ではないかということになった。本屋さんに飲食店、繁華街で酔った勢いで短歌を投稿できるなどというのも粋である。このような経緯から、口で言うのみならず、まずは自らが実験台になることが必要と、今回の企画を温めてきた。

街はX’mas10日前、2010年代も終わりを告げようとするこの時期に僕たちはどのような「X’mas観」で生活をしているのだろう。明治以降の西洋文化の急激な受容の中で、X’mas観も様々な変遷を辿ってきた。戦勝の社会的気分に乗せられたり、豊かな家庭生活の象徴のような日として、そしてまたバブル期を中心に「恋人と過ごす」というこの国なりに宗教観とはまったくかけ離れた過ごし方の「文化」を醸成してきた。社会との関係はさておき、恋の短歌には古典和歌からして「待つ恋」をテーマとするものは多い。「来ぬ人をまつ帆の裏の夕凪に焼くや藻塩の身も焦がれつつ」(『百人一首』97 藤原定家)は『万葉集』の歌を踏まえた題詠であるが、「来ぬ人を待つ」という響きが後世にまで伝わる鮮烈な響きを伴う。さて、現代短歌ではX’masはどのように詠まれているか?管見は十分な視野には及んでいないが、いくつか考えるべき要素が発見できた。

次週21日(土)15:00〜16:00 TUTAYA高千穂通り店にて
同内容で来週もあるのでネタ明かしはこのぐらいで
本屋さんの横にはカフェフがあり、壁もなく人が繋がる雰囲気が嬉しい。


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