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人生の歩みと研究と宮崎

2019-11-27
宮崎大学の研究として
7年近くをいかに歩んだのか
そして人生を貫く「聲」への思い

学内で貴重な研究発表をする機会を得て、これまでの研究や現在から将来の展望について約30分のプレゼンを行った。宮崎大学赴任のちょうど1年前に刊行した単著、その業績も評価されてか2013年に専任准教授として採用された。それ以前2年間の非常勤生活、さらに遡れば中高一貫校での専任教員として、現場に即した国語教育の実践を重ねてきた。だがやはり根本に据えてきたのは「和歌」研究であり、和漢比較文学という方法での漢籍受容の問題への興味関心が深かった。こう考えるとさらに僕の課題に通底するものは「歌とは?」であり「聲とは?」という根源的な文芸の営みを考えることである。音声表現論としての朗読研究は、幼少の頃の絵本や紙芝居の経験に端を発するが、やはりそこには「詩的抒情」が関係しているように思う。

宮崎では、若山牧水に出逢い直した。早稲田出身の歌人として、また牧水の妻・喜志子が在京時に身を寄せていた太田水穂の邸宅跡が、僕の生まれた実家のすぐそばであったことなど、牧水との縁は出生から連なるものがある。同様に早稲田のご縁でもある伊藤一彦先生にも出逢い、歌人としての実作や評論から大きな示唆と刺激を受けたことも、宮崎でこそあり得た人生の幸福であろう。牧水は、短歌の素材を多く耳から聴取している。「海の聲」を聴き、鳥の啼く音を聴き、「日の光きこゆ」とまで短歌に表現する。一言に「きく」と言うが、「聞く」は字源として「問う」に類し一方的に他に働きかける無意識な傲慢さが伴う。しかし「聴く」は、「受け入れる。許す。」「治める」「待つ」などの他を受け入れる寛大さと懐の深さがある。宮崎でこそ育むべきは、「聲を聴く」ことである。国語教育の「聲」と和歌短歌の表現、さらには恋歌における和歌短歌史の問題や歌謡曲との関係など、宮崎でこそ得られた研究を自らの物とする階梯をいま登っているのである。

「海の聲たえむとしてはまた起こる地に人は生れまた人を生む」(『海の聲』牧水)
「日向の国都井の岬の青潮に入りゆく端に独り海聴く」(『海の聲』牧水)
「学校にもの読める聲のなつかしさ身にしみとほる山里すぎて」(『山桜の歌』牧水)


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