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形式の中に発見する自分ー神話のふるさとプレ短歌大会

2019-11-11
伊藤一彦先生講演「短歌が照らす人生」
「形式への信頼をなくさないこと。
 歌の中に自分が発見される。」

来年は東京五輪のみならず、みやざきでは国民文化祭・障害者芸術祭が開催される。ちょうど来年のこの時季には、県内各地で様々な文化的行事が展開してるであろう。この日は、県歌人協会が主催しプレ大会が開催された。記念講演として伊藤一彦先生が「短歌が照らす人生」と題してお話をされた。先生の近刊『歌が照らす』(2019年9月 本阿弥書店)に掲載のエッセイにまつわことや、秀歌鑑賞を盛り込みながらテーマが具体的に伝わる内容であった。ここに集まる短歌を愛好している人々は、「形式を信じている人の集まり」であり「万葉集以来、歌を創ってきた者の集まり」であると講演の口火が切られた。伊藤先生ご自身も「人生を歌に照らされてきた」のだと云う。それは「わかっている自分を歌うのではなく、歌の中に自分が発見される」ということであると。

万葉・古今・新古今の秀歌をよむと、その歌たちがまた「自分を照らしてくれる」。鑑賞をしていれば歌が好きなのがあらためて自覚され、自分も創りたくなるもの。伊藤先生ほどの歌人でも「歌が一生できないのでは」と悩み苦しむことがあり、まさに「書斎(部屋)に行くのが死刑場に行くかのように思う」こともあるのだと云う。だが、そこで肝心なのが「形式への信頼をなくさないこと」だそうだ。「短歌は他力の文芸で、形式が歌を創らせてくれる」わけである。「人間は自分自身で才能の有る無しをわかるものではない」と言った北原白秋の語った内容も紹介され、「人は他に創られている」のだと云うのだ。ゆえに短歌を創るには「対象を丁寧に見つめる」ことが求められる。「災害ごみ」などと呼んでいるものも、実は「被災した方々の生活を支えていた大切なもの」なのだと伊藤先生ご自身の丁寧で温かな「見つめる」具体例も紹介された。

たくさん創って肩の力を抜く
秀歌鑑賞から自分を照らされて
うたのこころ みやざきのこころ


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