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「生の始めに暗く、死の終わりに冥し」

2019-11-04
空海「秘蔵宝鑰」の一節
「生まれ生まれ生まれ生まれて・・・
 死に死に死に死んで・・・」

現在の自分の研究において、大変大きな示唆を受けている先生が宮崎を訪れ会食の機会を得た。なぜ自分は研究をしているのだろう?そして、なぜ古典和歌を対象としてきたのか?さらにはいかなる宿縁で宮崎への赴任を機に移住し、宮崎でしかできない研究を求めているのだろう?あらためて大きな自己の人生の命題を翳してみたときに、この先生のご高著や助言が明るく今後の道に光を照らすことにいつも感謝をしている。大きなテーマで言うなれば、「国文学者はこの混迷の時代にいかに生きるか?」を常に考えねばならない。

宮崎で若山牧水の出逢い直したことで、「明治以降の近現代150年とは何か?」という大きなテーマをいただいた。それ以前までに古典和歌研究をしていた際には、欠けていた視点だ。古典は古典で当該の「同時代性」を考えねばならぬとばかり考えていたが、明治以降が開墾して作為的に植え付けた「古典」がある。明治・大正・昭和にわたる古典研究と享受史を考えねば、現在の我々が置かれている位置もわからず、「古典」そのものへの見方はさらに冥(くら)い。本日のタイトルや冒頭にしたのは、空海の言葉である。誠に人が生きるとは「暗く」また「冥し」ものである。

書き書き書き書いて生み出して暗く
創り創り創り創りて果てに冥し
「今」を生き続ける自己を見つめて


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