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「犠牲のシステム」再びなのか?

2019-10-15
「中央中心」を護らんがため
ダム・河川・堤防どこに決壊の原因はあるのか?
大小様々に見られるこの社会構造の矛盾・不公平・・・

3.11以後さまざまな書物を読んだ記憶があるが、高橋哲哉『犠牲のシステム 福島・沖縄』(集英社新書 2012年1月)は、戦後日本の国家体制に「欺瞞」が組み込まれており、「経済成長も安全保障も『犠牲』の上に成り立っている。」という論調に深く納得した覚えがある。あの大震災の記憶から丸8年が経過し9年目を迎える現在、果たしてこの「欺瞞」は解体される方向に進んだのであろうか?東日本被災地の高い堤防や盛り土の造成地といったインフラ整備が進むのをメディアの報道で観たことがあるが、自然の自然たる猛威に「人造的な不自然な高さ」という力技で対抗したもので、根本的な「生きるための思想」が改善されたとは到底思えなかった。こんなことを考えながら、今回の台風19号の被害状況を報道で観ていると、再びこの「欺瞞」めいた疑念を抱かざるを得ない。果たしてダムの存在は、この国の国土において適したインフラ整備なのかどうか?「緊急放流」には、やはり同じ「欺瞞」があるのではないかと・・・

こうした自然災害が起こるたびに、さらなるインフラ整備を求める声にも疑問がある。地球規模の温暖化という、ここ20年以上も危機が意識されてきたにも関わらず、世界的な排出ガス削減に同意する側に立てないこの国。列島という山脈・河川・平野・海岸線という構造が急峻に切り立つ構造の土地では、海面上昇のみならず河川氾濫の危険性は、かなり以前から明らかであったはずである。その明らかの中にまた、「欺瞞」が潜むのではないか。今回の台風で被災した地域は、関東外縁の地域と東北地方南部が目立つ。(正確に統計で確認したわけではない。)多摩川の氾濫で世田谷区の一部や川崎市が被災したことも知っている。だがしかし東京の大半は、特に中心部は「浸水想定地域」を含めて「安全」であった。報道もされてきたが、都心部には地下に「大神殿」などの異名を持つ大規模な治水溝が、大衆に見えないように埋設されている。この構造は、生まれも育ちもその「中心部」であった人間が、今は地方に住む身として大変にやるせない気になる。もしこれが「犠牲のシステム」と相似形によるものであるとしたら?

地方都市でも同様の構造が
力で護れば自然の力で押し返される
自然が何度も鳴らす警鐘を、もういい加減に受け止めたいものだが。


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