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「記憶にございません」人間は変われるのか?

2019-09-29
中井貴一主演映画「記憶にございません」
支持率最低の総理大臣が群衆から石を投げられ
記憶を失い総理の仕事はどうなるのか・・・

映画「記憶にございません」を観た。予告編などで盛んに宣伝されて、映画館は雨の休日ということもあってだいぶ混雑していた。詳細な内容を記すのはルールに反するので、映画から考えたことを覚書としておきたい。果たして人間は何かを機に変われるのか?それとも本質的に変わることは難しいのだろうか?幼少の頃からの発達段階を考えると小中高大と進むにつれて学校種の変わり目にこそ、いわゆる「デビュー」とも言われる現象がある。小学校まではおとなしい子が、中学校になると活発な言動をするようになったり、真面目一本な中学生が高校生になるとやや派手な言動をするようになったりすることを、揶揄し皮肉っていう隠語である。中高一貫校で教員をしていた僕には、実に微細にこうした生徒たちの変化が手に取るようにわかった。一貫校だと「デビュー」しづらい面もあるが、地域の小中から高校へ、高校から大学へと、素性が知られていない場合は誠に大きな「デビュー」を敢行できるわけである。

何も「デビュー」が悪いというわけではない。心身の成長において当然のことであるように思う。僕自身も幼稚園から小学校低学年頃までは、何をやっても遅れてしまい自らも劣等感が強かったが、小学校中学年頃から集団の中で自らをどう活かすかを考えるようになり、中学校に入った頃には足の速さも学業成績も学年一・二番になって、大きな人生の「デビュー」をしたように思う。高校生頃までは今では考えられないぐらいに無口であったが、大学進学を果たした後は大変な社交家として「デビュー」したように思う。教員になってもいくつかの職場の中で、その成長段階の「デビュー」変化を融合するように適応し、自らの足跡を記して来た。人は自らがわからないうちに、マンネリ化し初心を失い固着した勘違いの中に生きてしまうこともある。公的にも私的にも、常に新陳代謝をするように「デビュー」を繰り返す精神的な変革があってこそ、意義深く充実した人生になるのではないだろうか。

実際の総理をはじめ政治家たちはこの映画を観ただろうか
ユーモアの中に鮮烈な皮肉を滲ませた脚本・演出はお見事!
出演者の顔ぶれも素晴らしく、エンドロール後の納得感は高く、オススメの映画である。


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