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「撫づるとごとく酒を飲むなり」魂を癒やすとき

2019-09-22
「われとわが悩める魂の黒髪を撫づるとごとく酒を飲むなり」(牧水『秋風の歌』)
酔いどれ癒すその酒の味
疲れの溜まった心身を癒すは「東一」

昨日の宮崎日日新聞には、17日開催の「牧水祭」の記事が掲載された。地元・東郷学園の児童らが牧水の歌を斉唱・群読する写真が大きく取り上げられ、地域の文化継承という意味では大変に意義ある記事であった。特に「聲」による文化伝承という意味で、東郷の学びの活動を全県的に発信したのは大きい。一方で伊藤一彦先生と僕の対談に関しては、両者のプロフィール概要のみで、その内容がまったく触れられていないのは誠に残念であった。読者にとっても知りたいのは経歴ではなく、その日に両者が何を語ったかであろう。前述した児童らの「聲の継承」に通ずる内容を話題としたのであるから、一層その関連で記事内容にはしやすい筈である。会場を訪れた多くの方々は、伊藤先生と僕の「聲」に共感と発見を持っていただけただけに・・・。

「牧水祭」から附属学校での実習一斉視察などが連日続き、やや疲れの溜まった週末。妻とともに新聞広告に誘われて、近場のスーパーに食材を買い出しに出た。車の移動手段がない僕の両親も連れ立って、肉など「土曜朝市」のお買い得で新鮮な食材を手に入れた。夕方になるとゆっくりと”宵がたり”などしたくなり、妻の手料理で一献を傾けることにした。ちょうど妻の友人からいただいた佐賀の銘酒「東一」があって、その芳香に酔いながら野菜中心の料理に舌鼓を打った。何を悩むわけではないが、疲れた身体と研究や短歌のことで飽和した頭には実にありがたい栄養補給である。ここのところ『牧水酒の歌』(沼津牧水会発行・私家版・2007)を読んで、小欄でも一首ずつ取り上げているが、本日の一首はまた妖艶な雰囲気を湛えた歌である。「黒髪」は古典和歌から女性の美しさの象徴として詠まれ、和泉式部や藤原定家の名歌がすぐに浮かぶ。だが牧水は「わが悩める魂の黒髪」と言って、愛すべき自らの「魂」を慰撫する酒を歌とする。しかも初句では「われとわが」としてあり、自らの個体としての「身体」と「魂」を区別しているあたりがまた、奥深い読みを誘発する歌となっている。

「魂の黒髪」は慰撫されたのか
酔いどれの宵がたりは気分もよく
台風を憂えながらも心身を癒す一日。


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