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形態模写癖と三つ子の魂

2019-09-13
敬慕する人の喋り方
親の無くて七癖有って四十八癖
自己とは何か、という生きる命題を抱えおり

「声の文化」について興味が深いせいか、他者の喋り方に注目することが日常的に多い。「何を言うかより、どう言うか」によって相手に伝えたい内容の浸透度が、大きく左右されるという説もあり。滑舌・声質・喋る癖など、TV映像などを通してもその好悪を感覚的に判別してしまう。特に身近な大変尊敬する人物においては、自分が「類似した道を歩む生き方をしたい」と思うからか、自ずと形態模写をしてしまうような癖が、少年時代からあったような気がする。その繰り返しが身体性を伴って保存されているのか僕の講義での喋り方は、ある時は大学受験講習でお世話になった先生であり、ある時は学部の指導教授に類似していると思うこともある。

また、親の言動を観察していると、その様々な癖が目につくこともある。これも言葉の問題を研究上で扱っているせいだろう、いくつかの会話の癖は修正した方がよいと思ってしまう。その心境に至る背景は、同様の癖を自分も持ってしまっているという現実に気づくからである。たぶん生育段階で多く接してきた事実によって、無意識に身体内に教化されてきているのであろう。いやはやむしろ、遺伝子によって喋り方や言動までもが伝承されるのだろうか?教育者・研究者として大切なのは、相手の話を十分に最後まで聞いてそれを受けて返答する対話性である。会話が一方的にならないよう、常に相手にも喋る機会を提供する言動が無意識に必要だと思う。他者との対話に長ける母の姿を見ていると、様々に考えさせられ自己のあり方に気づかされる発見が、この年齢になると特に多いと思う日々である。

喋り方は重要な生きる鍵
外見だけ鏡に映すのではなく他者との対話も鏡に映したい
相手の気持ちに十分に同化できるのも妻や親であればこそ。


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