映画「ひろしま」が語ること
2019-08-17
1953年(昭和28年)製作多くの広島市民が協力してリアルなその日からを
この世にあってはならぬは核兵器
NHK・Eテレで映画「ひろしま」を放映するというので、深夜にもかかわらず観ることにした。広島の7年後のとある高等学校の教室で、当日の状況を伝える音声を聞いていると、耐え難き身体の震えをもよおし鼻血を出してしまう生徒がいた。「原爆症」と言われた白血病に苦しみ、その後亡くなる高校生の実情から映画は始まる。勤労奉仕などに従事するために家を出ていた者と家に残った者たちが、それぞれの状況で鮮烈な光線「ピカッ」を浴びる。瞬時に黒焦げになってしまう人々、崩壊した家の下敷きになった人々、肌を焼かれて街を彷徨い川に身をひたす人々、決してこのような文章で語りつくせない惨劇が、ほとんど「声」もなくしばらくの間流れ続ける。まさに地獄のような光景に、「説明」は不要ということだろう。しばらくは固唾を飲んで、いや放心状態とでも言おうか、その映像を見続ける自分がいた。井伏鱒二の原爆文学の最高傑作『黒い雨』を読んで想像していたことと相まって、「ヒロシマ」への思いをあらたにした。
原爆投下後の広島市内では「向こう70年間は草木も生えない土地になった」という流言があったことを映画は伝える。ここのところ毎日のように小欄に記しているが、今年で「かの8月6日」から74年目である。映画の中では軍部の狭窄的な視野の男たちが、「原子爆弾であることを国民には伏せよ」と情報を隠蔽しようとする発言をし「戦意喪失」を懸念する愚かな姿が描かれている。「ピカッ」を受けて阿鼻叫喚の苦しみの中にいる一人ひとりに眼を向けることなく、盲信し続け昂進する「国」を第一主義とする狭量な精神構造が非常に危ういことを悟る。なぜ「8月9日」「8月6日」に至るまでに戦争を終結できなかったか、いや「6月23日」さらには「3月10日」に遡って戦争をやめられなかったか。政治的に隠蔽され人々が知らない中で情勢が動き、始めてしまったことには流れがあるから「当然」やめられない。こうした「空気」の情勢が惨禍を拡大した「事実」を我々は今一度深く反省すべきであろう。となれば平和裡に行われている高校野球で、選手個々の身体を第一に考えた方針に異を唱えるべきではなかろう。可能性がゼロに近い中で怪我の可能性が高く減速することが自明な一塁への身を呈したスライディングなどは、どうなのだろうか?個々人が「生きる」可能性を考えるならば、爽やかに駆け抜ける勇気が必要だと僕は思う。
様々な「対立」ばかりが目立つ世界とアジア情勢
大きな「過ち」をしてしまった僕たちこそが
「ひろしま」の「8月6日」に僕も立たねばなるまい。
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