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お盆こころ穏やかに愛を語れ

2019-08-15
「かの夏に掃射逃れし少年の繋いだ命われここにあり」
(中村佳文『心の花』創刊120年記念号・2018年7月・自撰3首より)
命を繋いでいまここにあり

小欄も1日だけ、お盆休みをいただいた。台風10号が南から九州東岸へと接近する中であったが、妻の実家でお盆の夜を過ごさせてもらった。ご両親や義姉兄・姪っ子と同空間で語り合う時間に、とても大きな意義があるように思える。東京では新暦の7月に檀家となっているお寺でお盆を済ませる程度で、こうした家族の共有する時間は経験がなかったこともあるかもしれない。手元の『世界大百科事典』(ニッポニカ)によれば、盆も正月もともに祖霊祭であり、仏事的か神事的かの違いはあるものの、その構造の類似性が指摘され、古代インドの農耕儀礼が中国で整備されて伝来したのが起源であるといった趣旨が記されている。梵語「ウランバーナ」が、「盂蘭盆」の語源である説も紹介されている。一夜明けてやや台風の雨風が吹きすさぶ中であるが、ご両親双方のお墓詣りもすることができ、妻と生きている意味を噛み締め、今後の幸多かれをご先祖へと祈りを捧げる。

冒頭の1首は昨年「自撰歌3首」の企画があった際に、『心の花』誌に載せていただいた歌である。宮崎歌会に初めて参加する際が9月であったゆえ8月のこの時季に詠み、初出詠した思い出の歌である。74年前の戦時中、僕の父はまだ幼少であったが空から機銃掃射を受けたが、向かいの家に転がり込んでかろうじて銃弾を浴びることなく命を「繋いだ」のであると云う。もしその際に父に掃射の凶弾が命中していたら、いま僕のこの命はない。この「経験」を知ってからというもの、僕にとっても「戦後」は終わっておらず、僕自身は「戦争を知らない子ども」ではないという認識を持つようになった。幼少の子どもを圧倒的に優位な上空から兵器で撃ち殺そうとする狂気、それがこの世にあってはならぬ「戦争」なのである。両親に双方の父母がいて、その祖父祖母にも双方の父母がいて、と祖先を辿っていくと計算上「10代遡れば1024人」の命が、自分自身が存在している「歴史」であると知る。たぶん「5代」ほども遡れば、明治から江戸時代生まれに到達するであろう。「かの夏」から今年で74年目、明治(維新)から「かの夏」までは77年、明治となって151年目の今年、あらためて家族・命・愛こその尊さを語り合う時間が貴重だ。

台風の気圧が近づく気怠さ
風雨に曝され入浴中に一時停電も
妻と我ここにあり。


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