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一票は自らの希望の苗として

2019-07-22
選挙会場となる中学校まで徒歩10分
雷鳴の中、車ではなく傘をさして歩く
「一票」を噛み締めて自らの中で沈着させる時間

宮崎は車社会、公共交通機関の移動手段が不便ということもあるが、ほとんどが車で移動する生活習慣が根強くなる。習慣とは恐ろしいもので、歩いていける範囲でも車を使ってしまう怠慢が当たり前になってしまう。数百メートル先のスーパーやコンビニでも車で、という人々が多いように思う。参議院選挙投票日、朝から花火の音で投票を呼び掛けるのは、いづこも同じであろう。僕の自宅から指定の投票所である中学校までは、徒歩で10分とかからない。毎回の選挙で僕は、この道程を必ず歩いて行くように決めている。それは「投票」という「動作」自体は数分で終わるものだが、その重みを噛み締め心の中に沈着させるために往復計20分ほどの時間が必要だと考えているからだ。選挙期間中に考えてきた投票先を頭に描き玄関を出る、昨日などは靴を履いてから今一度確かめたい資料をスマホで確認した。雷鳴が轟き徒歩では危険か?などと思いつつ中学校までの道程をやはり傘をさして歩いたのだ。

特段「車を使ってはいけない」と主張している訳ではない。宮崎県の投票率41.79%(宮崎日日新聞発表)、全国が概ね今朝の各紙発表だと48%台で戦後2番目の低さと云うが、さらに宮崎県は7%も投票への意識が低い。今まで宮崎に住んで負の感情を抱くことはほとんどなかったが、初めてと言ってよいほどに「?」を感じた。政治への意識というよりも、所謂「てげてげ」(いい加減・ほどほどな)が怠慢に繋がっての数宇ではないかと思うゆえである。「和やかさ・穏やかさ」の裏返しと言えばそうなのかもしれないが、この点は県外からの移住者としての視点から是正を求めたいことである。さて宮崎に限らず、全国的に半数以下の人しか今回の投票をしていないというこの国の現実も大きな問題である。街の声として「投票しても変わらない」というのをよく耳にするが、それはむしろ「投票しないから変わらない」のだと思う。ある種の「無力感」のようなものをこの社会に感じている風潮、そこに端を発して「絶望感」へと人々の思いは連なってしまう。自らがこの国を創っているという思い、「一票」にはそんな深い歴史と意味の重みがあることを、社会の潮流にしていかねばなるまい。

明日を生きるための一票
希望の苗を植えて育てるために
決して無力ではない、この一票が力になるのだ。


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