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「朝の舗石さくさくと」響きと香りと

2019-07-10
「君かへす朝の舗石さくさくと雪よ林檎の香のごとく降れ」
(北原白秋の歌より)
「恋と社会」について考えておくために

名歌の条件として、愛誦性は大変重要な要素である。「覚えよう」などという強制的な意識ではなく、読んだら二度と忘れず口をついて出てくる言葉に自然となる歌。ついつい声に出して読んでみたくなる衝動に駆られ、実際に自らの声で何度も復誦する歌。冒頭の白秋の歌もまた愛誦性という条件において、間違いなく名歌といえる歌であろう。歌が創られた際の白秋の置かれた状況はさておき、三句目(腰の句)に配された「さくさくと」というオノマトペが一首全体に響きわたり、軒先の舗石に降る雪の上を音を立てて「かへす」という君の足音とともに、「林檎の香」を感じる際にかじった音にも聞こえてくる多重性さえも知覚されてくる。その「さくさく」を捉えた白秋は耳の奥で、どんな心境で「君」を見送っているのだろうか。「君かへす」という語が選択されていることに深い意味がある。

「日本の恋歌ー和歌短歌と歌謡曲」の講義もあと4回、まだまだ取り上げたい恋歌も楽曲もたくさんあって、この前期で講義を終えたくないような心境である。この日は「恋と社会」というテーマで、サザンの名曲「LOVE AFFAIR〜秘密のデート」を題材としつつ、文学に描かれた「禁断の恋」のあり方について考えた。近現代短歌でこのテーマを考えるに、前述した白秋の歌は欠かせない存在感がある。隣家の人妻と恋に落ち「姦通罪」で訴えられて投獄された白秋、当該歌の発表時は刑期の最中で自由な身ではなかったと云う。だが短歌という緻密で繊細な文芸が、その「朝」の白秋のあまりにも純粋な恋心を言葉として捉えたため、「禁断」という社会的評価を乗り越えて文学として巷間に受け入れられて来たことが、この歌の力とも言えるであろう。「文学」という意味で言えば、『源氏物語』にもまた「性愛と社会」という大きなテーマを平安時代を舞台にあまりにも緻密に虚構の構造の中で考えさせられる不朽の文学である。教育の場で「禁断」は扱いづらいテーマではあるが、だからこそ「社会」を擬似体験として「文学」の想像力を働かせることで、免疫を施しておくような学びが必要にも思う。教育とは「正しい」ことだけを扱っていては、真に「正しい」ことを見失う。現況の日本社会を見ていて、強くそう思う。

サザンの描く「恋世界」
短歌となって身体に刻まれる白秋のこころ
あまりにも公正らしき嘘の多い世の中に恋心が光り輝く。


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