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「床にくろぐろと」潔癖の中の自然

2019-05-15
「なめらかに磨きたてたる空港の床にくろぐろと太き蠅死す」
(伊藤一彦『柘榴笑ふな』より)
近現代的な潔癖と自然に生きること

今年度からの新たな取り組みとして、「日本の恋歌」の講義がある。和歌・短歌と歌謡曲の歌詞の類似性を探りつつ、「恋」「愛」について考え当事者の立場で「(文芸)批評」ができるような思考力・想像力・表現力を養うことを目標としている。大学各学部に専門性のみが求められる昨今、「知性と感性の成熟」を求め人生を豊かにする可能性をもった科目として学部を問わない受講者の多様さとも相まって、大変に僕自身がやりがいを感じている。その講義の準備とその探究を通じて、自らも新たな大学基礎教育の方向性を開拓しようと思うほどの思い入れがある。それだけに講義の準備や学生レビューのコメント書きに多くの時間を費やしている。昨日はその講義に行くと、教室のワイヤレスマイクが雑音を放ち、受講する学生にとって大変に不快な環境となった。時折、正常な声を発する状態にも戻るので、たちが悪い不調な状況である。

準備に準備を重ねて創った講義内容だけに、最良の状態で学生に講じたいと思うのが人情である。タブレットの接続やWiFiの状態などにも細心の注意を払うのだが、昨日も途中で”Siri”が急に起動して僕を「助けようとする」コメントを発したりもした。タブレット側の「言い分」からすれば、僕に「完璧」を与えようと「助言に走った」というわけであろう。どうやら人間が意図しない「潔癖」の幻想世界に、僕たちの社会は向かおうとしているのかもしれない。講義内容としてのより人情味深い「恋愛」の機微との対比が、機材との付き合いで浮き彫りになるようでもある。冒頭に掲げた伊藤一彦先生の一首、「空港の床にくろぐろと太き蠅死す」という描写は鮮烈にその光景を想像させる。「くろぐろと」という濁音部分をひらがなとして「太き」を漢字、「蠅」を形容する語を繰り返すことで、鮮明なリアリティを持たせることに成功している。羽田や成田など都市部の空港では特にその床が、過剰に「磨きたてたる」状況であると思うことがある。(むしろ宮崎空港は人間味があって安心する)次々と新たな施設ができる現実と重ねて、「潔癖」社会の構築に拍車がかかるようにも思う。その床に死す蠅の姿、「なめらかに磨きたてたる」人間の作為が自然に生息する蠅の命を奪ったかのようでもある。宮崎では、やや大きな一物のことを「ふってぇね」と言う。その方言性からの発想もあろうか、「太き蠅」は見事なまでに自然の逞しさと存在感を語るのである。

講義は地声で120名へ語り掛ける
潔癖なのか自然への回帰なのか
描写に鮮烈な批評ありを目指して。


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