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あの夏「胸騒ぎの腰つき」

2019-04-17
「あの夏の数かぎりなきそしてまたたった一つの表情をせよ」
(小野茂樹の短歌より)
「夏の日の思い出はちょいと瞳の中に消えたほどに」(「勝手にシンドバッド」より)

平成最後の紅白歌合戦、その最後の最後を飾ったのはデビュー40周年のサザンオールスターズであったことは記憶に鮮明な方も多いであろう。その際の楽曲は「勝手にシンドバッド」、1978年6月25日発売となった彼らのデビュー曲である。40年前の楽曲が今も色褪せず「あの究極の舞台」を飾るにふさわしい曲であることそのものが、サザンの「普遍性」のような輝きの証であろう。サザンのデビュー当時はTVの音楽番組も盛んであったが、茶の間に「勝手に」が流れると僕の父などは「こいつはなんだ?何を言ってかわからない」などと批判し、心の中で共感していた僕は肩身の狭い思いをしていた記憶がある。だが父の世代が受けた「演歌」や「歌謡曲」とは違いつつどこかで通底するという衝撃こそが、サザンをその後40年間走らせる原動力でもあったことを今にして思う。

「早口」「巻き舌」でハイテンポのサンバのリズムに乗り、「英語日本語」「ご当地湘南の地名」をふんだんに取り入れた歌詞で、心を揺さぶる語彙の連呼。「今何時?」や「胸騒ぎの腰つき」という語句は濁音を含み日本語音韻的にも、衝撃を与えるのに実に効果的である。「砂混じりの茅ヶ崎」「江ノ島が見えて来た」(ここも濁音が効果的)などは、加山雄三以来の湘南への憧れを彷彿させる。ともかく曲の始まりが唐突で、いきなり「ラララ〜ラララ〜ラララ〜」の歌い出しは耳から決して離れることはない。あらためてこの歌詞を考えるに、結局は何が言いたいのかはよくわからない。もしかすると当時、僕の父が言っていたことがこの曲の核心なのではないかとさえ思う。冒頭に掲げたのは、夭逝した小野茂樹という歌人の僕が好きな秀歌である。この歌も最初は「どんな夏のどのような出来事(表情)」かはよくわからない。だが繰り返し読んでいると「そしてまた」以下が心から離れなくなる。「かぎりなき」と「表情」の濁音も効果的だ。その両者を繋ぐ「一つ」の「つ」の音、そこにたまらない「胸騒ぎ」を覚えるのは僕だけだろうか。

サザンの楽曲・歌詞と和歌・短歌
新たに担当している基礎教育科目のテーマ
サザンを文学として読んでみたい。


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