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縁と確率と時宜を得ること

2019-01-30
「時がちょうどよいこと、時間的な時期、機会を意味するほか、
 一般に、その時の物事の状況、状態。条件などを指していう」
(『日本国語大辞典第二版』「時宜」の見出し項目1より)

「時宜」の意味を辞書で繰ると、前述のようにあった。他に「連句の付け方の一つ。支考の説いた七名八体の一つ。」ともある。時節を重視する日本文化においては、実に大切な概念と言えるかもしれない。『枕草子』にも「つきづきしもの」という類聚段があり、初段の「冬はつとめて」には「いと寒きに、火など急ぎ起こして炭持て渡るも、いつつきづきし。」とあるのも有名である。「似つかわしい。ふさわしい。よく調和している。」という意味であり、二つの物の「付き具合」が何より重要であるということだ。現在では、「縁」とスピリチュアルに云う場合もあれば、科学的統計的に「確率」と云うこともある。この「付き具合」に、僕らはあれこれと心を悩ませたり一喜一憂するのが人生であるようにも思う。

春先から始まるサザンオールスターズのライブチケット抽選が、はずれてしまった。東京の親友からも共にと託されていたので、実に残念で堪らない気持ちになってしまった。ドーム公演を含む4日間をエントリーしていたこともあって、結果のメールをスマホで開き思わず「全滅!」と叫んでしまった。たぶんあくまで「確率」の問題なのだろう。これまでの経験から、居住地から一番近い福岡公演に「当選」することが多かったこともあり、今回は東京周辺の抽選のみのエントリーでむしろ「確率」が上がると思い込んでいた。だがむしろいずれかが「当選する」確率を下げてしまったようだ。いったい何人が応募しどのくらいの確率で「当選」するかは知る由もないが、これも縁であると諦めるしかないのであろう。そうこうして今までの人生を振り返るに、果たして僕が宮崎で大学専任職を得る「確率」はどのくらいであったのだろうか?などとも考える。こちらはやはり「縁」という語彙のみで、捉えておきたい事例ではあるのだが。

今此処でしかできない仕事
2020年みやざき国民文化祭・障害者芸術祭に向けて
幾千幾万の星の中から「出逢う」ことのありがたさを思う。


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