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九州で文学に生きること

2019-01-15
古典研究をもってして
現代に何を語りかけるか?
あらためて自らの立ち位置をさぐる宵の口

若山牧水を始め明治時代に文学を志した者は、地方から東京を目指した。牧水が大学で知り合った北原白秋も九州は柳川の出身。九州に限らなければ、牧水と懇意であった石川啄木などは盛岡から東京へと向かった。新たな時代に西洋化近代化を目指した日本において、やはり文化の達成を高次元で叶えるには東京での活動が必須であったろう。だが果たして現在はどうであろうか?この6年間に宮崎で研究活動をしてきて、様々な通信網と配送システムの発達などによってほとんど困ることはない。研究学会などの用件で月に1度ほどは東京を目指しているからといえばそれまでだが、明治とは明らかに違い九州で活動することがむしろ貴重にさえ思うことがある。なぜいま九州なのか?そんなことを今一度、深く考える必要がありそうだ。

今回の上京でいくつかの貴重な機会が得られ、あらためて自らの研究の立ち位置を考え直している。国文学分野で築き上げてきた業績、加えて近現代短歌への評論、さらには国語教育の実績、これらをいかに配合し自分しかできない研究をこれからの5年間ほどで築き上げたいと思う。その配合具合において助言をいただける貴重な関係は、まさに九州においてこそ得られたものである。無条件に文学者が東京を目指した明治とは反対に、「東京に住まない」という選択肢に大きな意義があるように思う。もちろんそれは、簡単にはわかるものではない。「九州に住んでこそわかる」という境地まで、まだまだ達していない。だからこそ、九州の地にこだわり九州の地を愛して、自らの出身地である東京を逆照射する視点も必要ではないか。実に深い酔い語りの中に、多くのヒントが隠されていたのだ。

なぜこの宮崎の地から
牧水のような歌人が生まれたのか?
古典和歌まで通底する大きな問題が潜んでいる。


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