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つながる人 橋をかける社会

2018-12-18
映画「ボヘミアン・ラプソディ」
Queenの葛藤と人気の裏側
「壁」ではなく「橋」をかけるという思い

先日、話題になっている映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観た。封切りからかなりの時間が経過しているにも関わらず映画館は満席に近い状態で、最前列から2番目という僕としては異例な席での鑑賞となった。やや首の痛みを覚えつつ、だがしかしそれも暫くして映画世界に没入すると忘れることができた。無用な自覚神経が「首」に意識されていたせいか、どこから没入したかが今思えばわかりやすい映画鑑賞となった。後半になって主人公・フレディが葛藤を乗り越えていく姿やことばには、思わず涙腺が緩みエンディングまで頬を伝う河の流れは絶えずしてであった。何に?ということもなく、その生き様・家族や愛する人とのつながり・そしてライブで観客とつながることの素晴らしさ。この映画が今ヒットしているのには、社会的に深い意味があるように思えた。

昨晩、9時のニュースを観ているとこの映画についてのコーナーが放映されていた。Queenメンバーであるブライアン・メイ(ギター)がインタビューを受けて、この映画が好評を博した秘密を語っていた。そこで強調されたのは「つながる」こと。今はなきフレディも「観客と対話をするのが実に上手かった」と云う。何事も聞く側と対話を繰り返し強引ではなく、自らの表現世界を一人ひとりに手渡すことが求められているであろう。フレディの中にも様々な「壁」があったことはあらためて映画を観ると痛感するのだが、だからこそ「音楽」という表現で乗り越えてきた姿に僕たちは打たれるのだ。ブライアン・メイは、この分断された「壁」のある社会情勢を深く憂いていた。「壁」ではなく「橋」をかけるべきと。80年代に世界が夢見ていたことを、21世紀という「未来」が、逆行の暴走を繰り返していることへの警鐘を「ボヘミアン・ラプソディ」は語り出しているのではないか。

眼の前の人とつながること
そのこころに触れて共感すること
かつて「壁」を壊した時代があったことを忘れる愚かさを知ろう。


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