青春は何歳までかー宮崎大学短歌会12月歌会
2018-12-05
大学生の青春論「部活・恋・情熱・・・」
真っ只中ゆえに思いの外青春は短いと思うのか?
宮大短歌会12月歌会は自由題、そして今月開催の「マスターズ短歌甲子園」への準備。新たに2名の参加者を迎え、新鮮な気分で開催された。互選5票を獲得した歌が2首あったが、その対話内容は実に面白かった。「青春は何歳までか」と問う歌に対して、学生たちの具体的な年齢提示が為される。「20歳まで」「22歳まで」・・・僕自身の感覚からすると意外にその「期限」が浅いのに驚いた。「部活や恋」に熱中する「高校時代」あたりまでを「青春」と見ている感覚がある。僕などはやはり自由を獲得できる「大学時代」や「社会人創成期」こそが「青春」真っ只中と思うのであるが。恐らくは、現状の自分から見て羨望の「若さ」を「青春」と誰しもが思うのではないか。現状で「青春」であるからこそ、自らの年齢より引き下げて措定できるような気もした。
医学部の学生たちの弁が、とりわけ興味深かった。浪人を繰り返して入学したり、既に他大学学部や社会人を経験してから医学部に入学してきた比較的年齢の高い学生が、いつの時代もいるものだ。仮に30歳を超えていても彼らは「青春」を謳歌しているのだと、「同級生」たる学生たちは言う。僕自身の経験からすると、学部卒で教員として就職してもなお「青春」は継続していた感覚を持っている。高校生の「青春」に、日常から付き合っていたからかもしれない。そしてまさに30歳を超えて大学院に入学して「学割」の使用できる30代を過ごした。今にして思えば、それはまさに「青春」であった。などと考えると、「青春」はまったく実年齢ではない。「何年生きたか」ではなくて「どう生きたか」なのである。当該短歌も「何歳まではどうでもいい」といった趣旨の歌で、「青春」真っ只中の学生が詠う新鮮さがあった。
「足を組む」のが「オトナ」の構え?
そういえば「格好つけて」いた大学生の頃を思い出す
青春の学生たちと短歌に興じるまさに「青春」をありがとう。
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