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対話するよみー第330回心の花宮崎歌会

2018-12-03
「コンビニ袋」は「レジ袋」では
「深々」は「ふかぶか」それとも「しんしん」
「喪中の葉書」が「流れ着く」という喩は軽いのか?

今年も早、最後の心の花宮崎歌会となった。この日の投歌数は「46首」に及び、50に迫る勢いで新たな会員の方の参加や見学も続いている。東京歌会には実数ではもちろん及ばないが、人口密度からしたら心の花歌会において、全国で一番の都道府県民参加率であるのは間違いないであろう。宮崎大学短歌会の学生たちや30代ぐらいまでの方の新たな参加もあって、様々な世代の歌が読めるという領域・世界観の拡大という意味でも面白さを増している現状がある。歌会冒頭の「3首鑑賞」は、宮崎大学短歌会の1名が担当し学生短歌会の歌を3首取り上げた。1首の後に「なんてね」を付して解釈するという感覚や「すべての内容が空想」という歌の読み方が提起され、「即座にはわからない」若い人の歌の在り処が話題となった。「いろはす」など商品名の使用などを含めて、世代の捉え方は大きく動いているのがわかる。伊藤一彦先生からは、「今回の牧水賞受賞者である穂村弘さんの歌も、最初はわからなかった。だが歌集で再編成されたり読み手が読み方を感得すると大変よい歌となる。」と云った歌の提示と読み手との関係について指摘があった。

さて、今年最後の歌会は、僕が司会進行を担当であった。歌数も多いゆえに高点歌からの批評となるが、それゆえに様々な「よみ」を対話的に交流させたいという思いを強く持って臨む。「高点歌は票によって評価はされているゆえ、修正点への指摘も存分にすべき。」という伊藤先生の方針もあり、様々な「よみ」の方向性が会員の批評として求められているように思う。結句で「・・・と思う」と表現されているのはどうか?「毛虫」が「奔る」という表現は描写として妥当かどうか?など具体的な表現の機微に入り込む批評が提起されていく。互選票を入れるということは、その歌の情景が見えたのみにあらず、歌の核心たる「心の揺れ」に共感と反発を持つ行為であるようにも思われる。「いい歌でした」というのは票を入れる行為で示しているゆえ、「こうすればさらに心の揺れが表現される」という観点からの指摘こそ、歌会全体の学びが深まることになるだろう。冒頭に示した3項目も、歌会の中で活発に議論された具体例である。

共感すれば指摘せよ
発言を繰り返し自らのよみを定めていく
短歌の対話性の現場が歌会である


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