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「みなかみ」いでゆのゆぶねー牧水顕彰全国大会群馬県みなかみ大会

2018-11-18

「山かげの温泉(いでゆ)の小屋の破(や)れたれば落葉散り浮くそのぬるき湯に」
(若山牧水『くろ土』より)
牧水と「みなかみ」

幼少の頃から僕は、「水上」「月夜野」「猿ヶ京」などの地名に馴染みがあった。まだ関越自動車道が開通する前、父の運転で国道17号線を東京を深夜に発ち母の故郷である新潟まで行くことが何度もあった。ちょうど暁となるのが「月夜野町」で三国峠を越えようとすると、朝陽が「猿ヶ京」の「赤谷湖」に美しく映るという光景が好きだった。その後、母方のいとこ会が毎年恒例で開かれることになり2011年までの約30年間続き、僕も何度となく出席していた。その「いとこ会」を開催していた「みなかみ町」の「松乃井ホテル」で「牧水顕彰全国大会群馬みなかみ大会」が開催された。今年は牧水没後90年、また牧水「みなかみ来町100周年」である。この節目の年に僕自身も縁が深い「みなかみ」で顕彰全国大会が開かれるのは、単なる偶然ではあるまい。宮崎で大学専任教員として赴任したこと、東京で牧水の妻・喜志子が身を寄せていた太田水穂邸のあった田端で生まれたことに加え、牧水との縁が僕の中でさらなる深みを増した。

顕彰大会の記念シンポジウムは「牧水・旅と歌」、馬場あき子さん・佐佐木幸綱さん・伊藤一彦さんという、現在の歌壇で牧水を語るにはこれ以上ないと思われる鼎談である。牧水が「みなかみ」を訪れたことについては「みなかみ紀行」などの牧水の紀行文に記されている。「紀行文と歌」の双方を読むことで、「牧水が現在形で語っている」と幸綱さん。馬場さんは「なぜ『みなかみ紀行』は心に残るのか?」と自問し「人間や生活に出逢う旅をしているからでは」と牧水にとっても自信作であっただろうという見解を述べられた。「山と町のすれすれのところを旅して、歩きながら短歌を詠む」、現在の歌人では「歩きながら」はあまりいなくなったのではと幸綱さん。「木挽」や「杣人(そま)」などの所謂「木こり」などと出逢う人間臭い旅、草木や鳥などと同化するような歌が多いのは、牧水に「アニミズム(すべてのものに命が宿るという考え)」を見ることができると考えられる。「鳥」を詠むにも具体的に「啄木鳥」として、「鳥になりたいという願望があった」のではと幸綱さんは云う。馬場さんは「明快で素朴な歌ながら、実は単純ではないことを牧水の歌から読むべき」とされた。シンポジウムの最後はやはり「牧水の一番の魅力は韻律」ということに。「身体の中に短歌の韻律があった」ゆえの「牧水調」と馬場さん、幸綱さんは「自らの歌を照れずに大きな声で口ずさみながら歩く牧水」に魅力があると云う。馬場さんの「今一度(私を含めた現代歌人は)韻律への信頼を回復すべき」という言葉が僕の印象に深く刻まれた。

「啄木鳥の来てとまりたりあとさきも見わかぬひろき森の冬木に」
「わかきどちをみな子さわぎ出でゆきしあとの湯槽(ゆぶね)にわれと嫗ばかり」
「さびしさにこころほほけてゐるわれにふと心づき笑ひいだせり」


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