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「病は気から」を考えたら

2018-10-27
「病気は気持ちの持ちようで、
 重くもなるし軽くもなるということ。」
(『日本国語大辞典第二版』より)

標題の諺を辞書でくってみると冒頭のような意味が記されており、用例として1700年代の浄瑠璃や1800年代の歌舞伎が掲載されていた。詳細は検討が必要だろうが、概ね江戸時代あたりから言われるようになった諺なのだと考えることができる。歌舞伎の用例の一節には「お心を広うお持ちなさるるがよろしうございます。」などとあって、狭量な心には病が宿ってしまうと考えられていたことが窺える。その当時から200年近くの歳月が経ち科学万能な世の中となったが、それだけにむしろこの諺の意味は大きいのではないかと思うことがある。「生活習慣病」という用語があるように、「病」は自らの生活そのものが作り出してしまうという考え方が一般的になった。

もちろん、その前提として遺伝子の問題が関係することも次第に解明されてきている。だがその持って産まれた遺伝子の要因を「病」にするか否かは、やはり個々の「気」の持ち方であるということになる。この「習慣」あるべくして、この「病」になってしまう必然性があるということだろう。もちろん十分な「気」を遣っていても、「病」になってしまうことがあるので誤解なきよう。たとえ「病」になったとしても、そこからの捉え方がまた肝要である。悲観するか、前向きに捉えるか、はてまた自らその診断を信じないか。考えてみればこの諺、「病」になってからも有効なことばなのではないだろうか。単なる「精神論」の問題ではなく、それこそが「生き方」の問題なのだ。前向きに捉えて「生きる」を邁進する人々の何と素晴らしいことよ。

自らの身体は自らで
「命」を自ら大切にするとは何か?
「生きる」とは何事をも乗り越えることであろう。


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