眼を向き合ひて人は語らう
2018-10-26
認知症の方には「アイコンタクト」やはり「人の話を聞くときは」
「相手の眼を見てしっかり聞きます」
最近、学生たちの対人関係のあり方が気になっている。相手と話すときの視線、講義を受けている際の視線が、俯き加減の者が多い印象を受ける。ここ10年ほどのスマホの急速な普及で、中高生の頃からスマホユーザーになっている今の学生に、その影響が表れ始めているのではないかという仮説を考えたりもする。これまた今後も急速な普及が予想されるAI(人工知能)であれば、眼を見ずとも勝手に話しかけてくれたりする。なお一層「眼で会話する」という感覚が、失われてゆきはしないか。とりわけ子どもたちを育てる教師を目指す学生たちにとって、この問題は大変深刻に受け止めなければなるまい。教育実習の現場でも聊かこうした兆候が表れていると、実習校の先生からお聞きしたこともある。僕が幼稚園生だったとき、園長が僕らに話すごとに「人の話を聞くときは」と問い掛け、僕らは「相手の眼を見てしっかり聞きます」と言葉を返しつつその姿勢を貫いていた頃を懐かしく思い出す。
昼休みにFacebookを見ていると、先輩の研究者の方がある記事を共有していた。認知症の介護には「アイコンタクト」が劇的に有効だという話題である。ある健康をテーマにしたTV番組で紹介されたらしいが、視野が狭くなっている老人には「正面から眼を見て話す」ことが肝要だと云う。さらには「発言に否定的なことは言わず」に些細なことでも「たくさんしゃべる」ことも重要だと云うのだ。まさに「アイコンタクト」とは「相手を認める」ということに他ならないのではないか。どうやらフランス発の介護方法だそうだが、欧米人の「アイコンタクト」の質の違いを海外で感じることも多い。「眼は口ほどに物を言う」の格言通り、「眼と眼で通じ合う」ことこそが人間の根本的なコミュニケーションではないか。いや人間のみならず先日、家にヤモリが出現したが、その際にも「眼が合った」と感じたのは僕の思い込みだろうか。散歩している犬ともよく眼が合えば、心地よく尾を振る姿を見ることができるものだ。
「眼が泳ぐ」「眼があっちに」
真の心とは「眼」にあるのだろう
あらためて幼児教育から「アイコンタクト」の重要性を身体化したいものである。
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