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「こめかみに視線は」宮崎市文化特別講演会

2018-10-15
「こめかみに視線はささり錆びたネジをばらまいたような難民キャンプ」
(知花くららさん 第63回角川短歌賞佳作入選作より)
現場を伝えることばの力

宮崎市文化団体主催特別講演「ことばの力」にて、女優・モデルの知花くららさんの話を聴いた。国連WFP大使としてアフリカ、アジアの食糧難の地域への視察を行なわれており、写真や動画とともにその内容が「ことば」で伝えられた。ご本人曰く「写真は、生々しく現場を伝えるが、こころが見たものを伝えるのが短歌である」と云う。確かに写真で見れば、現地の子どもたちの視線を僕たちも「生々しく」仮体験することができる。だが講演会でスクリーンに映し出された写真は、あくまでこの食糧があり余る日本の綺麗なホールでのものに過ぎない。「生々しさ」という言葉はある意味で便利だが、僕たちはその現場の「事実」を知ったような気になっているだけのような気持ちにさせられた。だが、そのようなこころの疑念的な葛藤の渦まで連れて行くのも、「国連WFP」の役目なのかという思いを持ちつつ、前半の講演を聴き終えた。

後半は伊藤一彦先生の進行で俵万智さんが加わり、短歌に関するトークへ。知花さんは昨年の角川短歌賞を受賞しており、冒頭に記した歌はトークで紹介された一首。短歌を始めるきっかけは、与謝野晶子の『みだれ髪』を再読したことだと云う。身体性ある艶っぽいセンセーショナルな明治30年当時の感度、わからない歌・勢いで押してる歌も多いなどと伊藤先生と俵さんを含めた晶子批評が展開され、「チョコレート誤訳」の執筆経緯なども紹介された。「駄目男・与謝野鉄幹」の「プロデュース力」には「身体を張って晶子に燃料を注入する」ものがあったと俵さん。さらに歌作については、こころの機微を表現するためにことばを探し続け、忘れてしまいがちなこころを栞のように浮かび上がらせておくのが短歌だと知花さん。具体と抽象の微妙な点について「詞書」のあり方についてなども話題となり、聞き応えある短歌トークが展開された。伊藤先生の「自分の中での最良の読者を想定して歌作している(30人が歌会にいたら、4・5人が分かればよい)」と云うのは実に参考となった。

「歌は、創りつづけることがトレーニング」
「簡単なことを小難しく言わない」
「あの若いとき詠めなかった悔しさは今に生きる(思い出は現在のことゆえ詠える)」


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