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「歌が生まれる 声を重ねる」短歌と朗読

2018-10-14
「でもどこもきつくしまってほどけないたちあがる火のようだったこと」
野口あや子『眠れる海』より
短歌と声を考える1日

愛知から歌人の野口あや子さんをお迎えして、県内の高校でワークショップを実施した。題して「歌が生まれる 声を重ねる」。高校2年生を対象に、野口さん選の「恋歌7首」をまずは朗読だけで2度繰り返して聴いてもらう。響きが気になった言葉をメモしてもらい、そこで初めて「文字」資料を配布。まずは自分が一番気になった歌を1首選び、その理由も考える。その後、4人1組のグループを構成し気に入った歌と理由を紹介し合い、グループ内で一番となった歌を決める。それを全体に簡潔な理由とともに発表する。まずは歌の個々の「読み」(鑑賞)を立ち上げて共有する。鑑賞に触発された後は自ら「恋歌」を創作するのだが、まずは思い浮かんだ「声」になるような「言葉」、できれば五音・七音になっているものを書き出す。その素朴な「心の声」の炙り出しから歌は生まれる。さらには各自の歌を再びグループ内で協働し、他者の意見を得て推敲したり、あるいは他者同士の歌を併合したりしてグループの代表歌1首を発表する。最後に各歌について野口さんが講評を加えて行くというのが、この日80分のワークショップの流れである。

「短歌を朗読する」のは、なかなか難しい。いやむしろ、「朗読とは散文」という思い込みが巷間にはびこり過ぎているのかもしれない。「詩」に関しては様々な機会に朗読されることはあるが、特に〈教室〉ではほとんど「短歌」は朗読されない。今「ほとんど」と記したが、小学校では文語の「短歌・俳句」を「音読」中心に3・4年生で学ぶ。だが、現場の先生の声を聞くに、ほとんど「読むだけで終わり」であって、授業をしている先生方も「それでいいのだろうか?」と常に疑問があると云う。この日は、夜になって市内のカフェで「野口あや子朗読会in宮崎」を開催した。野口さんが歌集『眠れる海』から、様々な表現パターンで朗読を披露した。短歌を朗読することで、声・喉・身体が繋がり始める。また人前で朗読することで、自己を保ちことばに助けられていく。そのような野口さんの「短歌朗読」観も披露され、後半のトークでは参加者を交えて和やかなフリートークとなった。「やりたいこと」はまず「言葉」にしてみる、するといつの間にか「事実」になっていたりするものだ。短歌をいかに朗読するか?という問題意識とともに、「ことばの力」をあらためて共有する時間となった。

小・中学生は、音の響きに敏感だ
「国語」の授業そのものが「文字攻め」にしてそれを奪う
「短歌と声」言霊信仰の古代より今に生きていると実感した宮崎の夜。


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