言葉と事実
2018-10-05
〈言〉が〈事〉を引き寄せる「言霊」つまりは「ことばの力」
「ことば」にはそれほどの重みがある
『万葉集』額田王の著名な「熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな」の歌がある。古代に果たして行軍という緊迫した状況下で「夜の船出」があり得るだろうか?という歴史家側からの論争があった。ところが僕の大学指導教授が当時の角川『短歌』に、この歌は「宴席の歌」なのだと記し、真っ向から歴史家の説に対抗した。歌というもののあり方を考えるならば、そこに詠まれた内容がすべて〈事実〉であるはずもなく、現実かどうか?という考証はナンセンスに見える。僕の指導教授は酒好きであったこととも相まって「宴席の歌」の意味というのが、実は「事実」に欠かせない意味を持つことを実感を持って考えさせられた学生時代であった。
佐佐木幸綱『万葉集のわれ』(角川選書2007)にも、「(前掲「熟田津」歌は)事実をうたった歌ではない。そうあって欲しい現実をうたった歌である。」とあって得心できる。佐佐木は「〈言〉が〈事〉を引き寄せる力」を持つのを「言霊」と評し、「言葉と事実」は「両者が、短歌形式において融合しうる。」とする。さらにこの「融合しうる」ものとして「自然と人事」「建前と本音」「幻想と現実」「上の句と下の句」などを「本来なら相容れない」としつつ、「短歌形式」では「融合」すると説いている。時節は、大学で後期講義が始まった。最初に「そうあって欲しい現実」を学生たちに想像させ、そのような自分になることができるように「ことば」を選ばせたりしている。努力すれば叶いそうな〈事〉をまずは〈言〉で認識させることで、自分の「できないこと」が自覚される。そこに前向きに講義に取り組む姿勢が芽生える。
「言霊」は現代でも生きている
「そうあって欲しい現実」を〈言〉で語り合うこと
様々な関係性の中で、これこそが前を向いて「生きる」ということである。
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