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偶発的な驚きと意外性

2018-09-19
話型・文型に当て嵌めた発言
意外性ある短歌の初句の響き
安全・着実よりも意外と逸脱の面白き

人は偶発的な驚きや意外性という刺激が必要なのだと、認知症に関して書かれた文章で読んだことがある。長寿の方がTVなどで紹介されると、決まって何らかの趣味があり日々新たな発見に満ちた生き方をしている。意外性に触れると脳の新たな細胞が活性化し、その事態に対応しようとするのではないだろうか。脳の慢性的で新たな情報に接触しない状況を、「パブロフ化」と呼ぶ。「パブロフ」とはご存知のようにロシアの生理学者で、犬による条件反射の実験が有名である。「鐘を鳴らして食事を与える」ことを犬に繰り返すと「鐘を鳴らす」だけで犬が唾液を分泌するというもの。偶発的な驚きと意外性を、人工的に排除した好例であろう。

この「パブロフ化」が、〈教室〉での現象となることがとても多いと考えている。教科書教材をほとんど「情報」として捉えていない「音読」、たとえ自らが記した「こころのことば」であっても、紙に書いてあるものを「読み上げる」だけの学習活動などが、最たる「パブロフ化」の例である。脳内を「空過することば」とでも言おうか、〈教室〉での音声の虚しさは、大抵がこの原理で成り立っているものだと考えている。「短歌」のことばにこころを揺さぶられるのは、まさに偶発的な驚きと意外性に満ちているからである。初句の唐突な入り「たとえば君」「この味が」などがその典型的な例であるが、まさに「掴み」として機能する短歌の醍醐味でもある。小中学校の「授業」において、「発表の仕方」などと称して「話型」を提示する「手立て」を取るという例が増えているようだ。その「発表」は、本日の小欄に記した現象のどれに当たるかはもうお分かりであろう。

物語・小説・ドラマ
すべては意外性が仕込まれている
思い通りにならないのが人生ということでもあろう。


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