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「地理志に記された神話伝承」と「都城島津家」

2018-09-16
『庄内地理志』『三国名勝図絵』
「神話のふるさと」と「都城島津」の歴史が
そして、香川景樹門下に連なる人々による連歌・和歌資料

昨年の今頃は、10月開催の和歌文学会大会準備に奔走していた。会場・資料・シンポ企画運営・装飾・懇親会等々と様々な分野の方々と交渉を重ねていた。その中で学会恒例の古典籍展観については、都城島津家の貴重な資料を多数お借りすることができた。それもひとえに、宮崎では稀少な文学研究者仲間である県立看護大学・大館真晴氏と都城島津邸副館長・山下真一氏のご高配によるものであった。島津邸にある資料の中に、藩士・大館晴勝関連のものは特に和歌・連歌に関するものが多く、幕末の京都において香川景樹・桂園派の系統を引く歌のサロンに由来する。薩摩藩には、明治以降に宮内省の歌道御用掛となった八田知紀(はった とものり)やその門下の高崎正風(たかさき まさかぜ)がおり、桂園派歌人として明治以降の旧派の中心として存在したことにも興味が惹かれる。

県の主催する「神話のふるさと県民大学」で、前述したお二人の対談があるというので都城まで赴いた。新たに建設された「市街地中核施設 まちなか交流センター」が会場となったが、都城市立図書館もその一部として新設されており、館内レイアウトなどが話題を呼んでいる施設である。対談は主に冒頭に記した『庄内地理志』を中心に山下氏から、『三国名勝図絵』を中心に大館氏からの講演があり、その後、お二人の対談があった。「歴史」と「文学」分野の融合により、地域の資料が読み解かれていくという展開は聴く者として大変刺激になった。同時に自らも古典研究者として、地元地域の資料調査を積極的に行うべきという思いを新たにした。対談の最後には、大館氏から僕の名前も紹介いただいたが、桂園派和歌と明治以降の展開を繋ぐ資料に関しては、僕の分担範囲ではといった意志が感じられ、地域に生きる文学研究者としての使命を覚えるのであった。

「いまここ」にいる存在理由
牧水も旧制中学時代から『桂園一枝』(香川景樹)を読んだ
「神話のふるさと県民大学」は今後も魅力的なプログラムが豊富に展開する。


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