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『牧水の恋』出版記念トーク 宮崎

2018-09-09
題詠「恋」の短歌752首の応募
老若男女・恋愛が稀薄な時代に熱い宮崎
そして、「恋」は牧水の歌をどう変えたのか?

先月30日に俵万智さんが、『牧水の恋』(文藝春秋)を出版した。発売当日に「謹呈 著者」としてご恵与いただき恐縮しつつも、読み始めると釘付けになってしまった。雑誌『文學界』に1年にわたり連載され毎月読んではいたのだが、加筆修正を含めてあらためて通して読むと、何度も心に迫り来るページがあって涙腺が緩んだ。時にそこに引用された短歌を視写し、気になる叙述をメモしつつ読み終えると、牧水という歌人・人間の純朴さと思いの深さと短歌の素晴らしを存分に再認識することができた。ひとえに歌人・俵万智でこそ書き得た、新たな「評伝文学」という文体・ジャンルではないかと思う。そんな思いが深まった折しも、宮崎日日新聞社主催のトークイベントが開催された。記念の会には「恋」の題詠短歌を「一般」「学生」の部と募集されたが、宮崎大学短歌会の所属メンバーも特選1名・佳作2名の受賞者があって、日頃の歌会の成果が形になる機会であった。こうして若い世代ばかりが「恋」の歌を詠むかというとそうではなく、「老いの純情青くさし」という歌もあって、世代を超えた宮崎の短歌の拡がりを感じることができる記念短歌の講評であった。

後半は、牧水研究の第一人者・伊藤一彦先生と俵さんのトーク「恋が牧水に与えたもの」、ここにメモから覚書としてその趣旨を記しておこう。俵さんは歌人となって「牧水賞」を受賞したことで、牧水に関して様々に学ぶと「海岸で恋人の小枝子と過ごした際の旅行が二人っきりではなかった」ことが甚だ大きな疑問となったと云う。そこで「小説にしてみたい」という思いを持ちつつ、「歌人なので、短歌一首一首の読みで深めていく」べきかと短歌に根ざした「評伝文学」を目指したそうだ。初出にこだわる、歌ができた時のものを丁寧に読む、時に伊藤先生のアドバイスを受けつつ、牧水の現場に季節に合わせて行く、歌と現実世界とのギャップも感じつつ、連載を執筆した。あらためて本になっての感想については、恋の歌の裏をとることでも牧水の歌が輝きを失わなかった、本当に牧水は歌がいいと再確認できたと云う。「俵さんとともに、牧水さんおめでとう」と伊藤先生からのコメント、「評伝」として牧水研究に大きな価値があり、一首一首に鑑賞批評がなされており、「てにをは」まで読み込んでいる。そして作品と伝記(牧水の弟子・大悟法氏の著作)を合わて「資料を読者に届ける手立て」として価値ある著作だと高く評価した。


評伝は「小枝子に寄り添って書いている」ゆえに代表作が恋愛から生まれている、つまり恋愛の辛さをプラスに転じている一生ものの恋、それは実感から生まれたものが、普遍性をもって愛誦されるのだと、牧水という歌人の再評価として大切な点が俵さんから言及された。現代短歌ではタブー視される「かなし」を敢えて詠むのは、叶うことのできないかなしさ・寂しさを牧水がことばにすることで消化していたから。しかも「歌はリズム」を常に意識し牧水はきちっと推敲して歌を仕上げている姿勢も歌人として立派だ。小枝子と出逢う前は、女っ気のない延岡中学時代・母親への恋しさ、永遠の「いのち」を満たす「あくがれ」、海へのあくがれを持っていたと伊藤先生からの指摘。この生い立ちゆえに、奥手だから激しく、免疫がない分重症化した「恋」だったと牧水の生き様が顧みられる。そこで、俵さんから「『恋』は人の心を耕す」という名言、牧水は幸運な生い立ちで、女性は欲望の対象ではない。それは、小枝子の意志を大切にする、別れた後に幸せを願うタイプ、人を憎んだり恨んだりしない牧水という人間像さえも浮かび上がらせたわけである。昭和50年頃に牧水の再評価の気運があったが、それに匹敵するものが今再来していると伊藤先生。最後に牧水の故郷である「宮崎には文化の土壌がある」という指摘もあって、まさにこのトークそのものが「文化」の香り高き機会であったことを噛みしめた。

*トークの自筆メモをもとにした覚書ゆえ
 文体としての違和感や内容が恣意的な面があるかもしれません。
 悪しからず御了承の上で、お読みください。


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