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歌の夢を見る幸せ

2018-08-22
どこかのアーケード街を
佐佐木幸綱先生と酔って歩く夢
これまたありがたきことかな

短歌の推敲などを考えつつ、また牧水短歌甲子園に2日間すっかり浸ったせいか、頭が「短歌」一色になっているようだ。朧げな夢では、佐佐木幸綱先生らとともにどこか地方らしきアーケード街を酒を飲んで歩いているという、かなりはっきりした記憶が残った。酒と短歌と心の花が、脳内の大半を占めている証拠であろう。夢の中でも幸綱先生のおっしゃることには威厳が感じられ、目覚めた時には短歌の何たるかに気づいたような感覚があった。心の花全国大会などでのご発言や評論での刺激的な幸綱先生のことばには、人に短歌の奥行きに気づかせる迫力がある。もちろん幸綱先生の短歌の威力と格好よさには、いつも敬服している次第である。

お盆休み、そして牧水短歌甲子園とが過ぎ去り、もう夏も終わりかという印象である。だが未だ夏期休暇に入ったという気分ではなく、本日からの教員免許更新講習の準備に追われた。今週を終えれば、ようやく少し余裕が出るだろうか。落ち着いて歌集や歌書をじっくり読みたいという欲求が、こころのうちで爆裂しそうである。これまでの和歌研究を踏まえて、様々な糸を融合するような範囲を見据え、あれこれと研究や評論、そして歌作を進めたいと強く思っている。どうやらFacebookなどを見るからには、仲間の研究者たちも忙しい夏を過ごしているようだ。そのうちに現状の「古典教育」のあり方への疑義を呈する内容があった。いくつかのコメントの中に、「歌を詠ませればいい」という趣旨のものがあった。そう!「古典」も受け身にならず「表現」することで初めて学習者自身の腑に落ちるものになるのだ。

歌の持つ日常性
ありがたき師の助言
夢うつつとは世人さだめよ


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